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08

「――さっきのは、ありゃいったい、なんだったんだ?」


 外町の飲み屋街から少し逸れた、人気のない場所を歩く二人の男のうちの一人――体の大きな筋肉質の男が、隣を歩く痩せ細った細身の男に問う。


「塔の中で仲間を失った塔破者ってやつは、心の中に棲む在りもしない化け物の姿を見て怯えたりするんだそうだ」


 それに応えるのは、筋肉質の体の陰にすっぽり隠れてしまうぐらい、体格に差のある細身の男。


「ああいうやつが、将来、神がなんだとか言って、塔の攻略は人類には許されないことだ、とか叫んだりするんだ」

「なるほどなぁ……。まあ、生きてればの話だな」


 ははは、と筋肉質の男が見た目通り大きな声で笑う。


「ああいう頭に血が上ったやつは、誰にも相手にされないと、まず自分一人でもう一階塔に入っていくのが相場だ。ヤケになっても一ゼンの得にもならないのに」


 こちらは見た目通り、相応の声で笑う。

 二人は酒が入り酔っぱらっていた。


「しかしなぁ、最近は景気が悪いよな」

「昔に比べると、全然稼げないけど、俺たちは運が良い」

「確かに!」


 筋肉質の男がポケットに手を突っ込むと、そこにはまだ数千ゼンと小銭が残っている。


「まあ、殴られたのは痛かったが、それで一万なんて大金が手に入ったんだからな!」


 酒も入っているせいで、それを思い出せば笑いも止まらない。

 飲み屋街から離れているため、二人の高笑いは建物の壁に反響して、どこまでも届くかのように響く。


「はっははははははは………は、あ、ああ……?」


 細身の男の笑い声が不自然に途切れ、陽気に歩いていた足取りも止まった。


「んんっ? どうした? 酔いすぎたか?」


 筋肉質の男がよろめきながら細身の男を見ると、筋肉質の男の背後を指差していた。


「……俺も、酔いすぎたかもしれない」


 そう言う筋肉質の男の顔からは血の気が引いていき、二人揃って体内のアルコールがどこかへと蒸発していってしまったかのように、唐突に冷静さを取り戻した。


「あ、昨日の二人だ!」


 その声を聞いた途端、思い出したように腹を押さえる二人のチンピラ。


「昨日のお金でこの町を救えましたか?」


 明かりの少ない夜の町にいるにも関わらず、シロクの笑顔は太陽のように明るく――暴力役と交渉役の二人のチンピラの意識を覚醒させた。


「い、いや……、そう簡単には……な?」


 交渉役の細身の男が問うと、暴力役の筋肉質の男は壊れたおもちゃのように無言で頷いた。


「ごめんなさい。僕、もうあまりお金ないんで、明日また塔に入るんです。武器欲しいから」

「そ、そうなんですか」


 なぜか無意識的に敬語になり、腰を曲げて手を揉みだす。


「是非、僕たちのことは忘れて、立派な塔破者になってくださいませ!」


 二人はアイコンタクトを交わして、回れ右をして、さっきまでの千鳥足が嘘のように走り出した。


「あ、おーい!」

「はいぃーっ!」


 逃げられると思ったのもつかの間、全身に脂汗が浮くぐらい、条件反射的に呼び止められてしまった。


「僕はシロク。この国の勇者になります!」

「がんばってください! それじゃあ!」


 今度こそ、二人は足を絡ませながらも逃げ出した。


「元気だな~」


 すぐに闇の中に消えて見えなくなった二人から、シロクは隣で一緒に袋を持つシリリィを見た。

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