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07

 昨夜、屋台で麺料理を買った外町の飲み屋街を目指してシロクは歩いていた。

 今日の昼にシロクが食べ歩きをしたこの町の露店のほどんとが個人の自宅を改造したり、出張ってきての屋台での個人出店のため、夜になれば家族のために店を閉めてしまうことがほとんどだ。


 そして夜になり氾濫するのが、塔破者向けのぼったくりの飲み屋街。

 テーブル席を道に広げて、畳んでいた屋台を組み立てて客を取る。


 店舗を構えてしまうと、国から電気を買わなければいけないため、夜店のほとんどが花や鉱石といった塔内部から持ち帰られた小さなエネルギーで照らし、料理を作り販売している。

 人ごみは苦手だが、昨夜、美味しい物を食べられた記憶は忘れられない。


「今日はなにを食べようかな」


 携帯食として買ったライスタワーは、塔の中で食べる物としているのでどんな味か確かめたくても、我慢をしなければならない。

 何度も伸ばしかけた手を止めては、自分に言い聞かせて我慢をし続けてきた。


「お腹空いたな~」

「シロク!」


 背後から、パタパタという足音――シロクは流れるような動作で振り向き、体を横に向けると、シロクの立っていた場所にぶつかるように誰かが突進してきた。しかしシロクは咄嗟に半歩下がって避けたため、盛大に空振りをしたシロクの名を呼ぶ少女が宙を舞う。

 その背中を見てシロクは気づく。


「シリリィ」


 背後からの突然に襲撃を無意識に避けてしまったが、シリリィは飛びながら空中で体を回転させて足から着地をして、振り返る。


「シロク、おなかすいた! きのーの、ずるずるたべたい!」

「なんで夜ご飯の時だけ、僕のところに来るんだろう?」


 そんな疑問は当然のように抱くが、朝はグルリポといて、昼はエンゾーやエンピと出会い、常に誰かが近くにいたが、夜になって誰とも会えずにいたところ、昨夜も会ったシリリィとの再会である。

 寂しさを覚えるほどに、この町は人が少ないことはないが、それでも知っている誰かと会話をするのは楽しいし、なにより。


「ご飯は一人で食べるより、誰かと一緒の方が楽しいよね。いいよ、シリリィが塔破者になるまで、僕がどうにかしてあげる」


 本人たち以外からシロクとシリリィの関係を見れば赤の他人に対して、なぜそこまでするのか、と疑問を抱くだろう。

 しかしシロクの歩んできた人生では、それが当然のことだっただけのことだ。


「どの道、今の所持金じゃ武器は買えないから明日また塔に入らないといけないし」


 グルリポに相談したくとも、グルリポとは一時のパーティーでしかなかったのだ。


 いつも傍にいて、助言をくれるわけではない。


 それでもやることは単純なことの繰り返しだ。

 塔に入りモンスターを倒したり花などを持ち帰る。それを売って金を手に入れて、自分の装備を強化して、塔の最上階を目指して、次の塔へと行く。


 このウコクク国の中心部にある最も過酷と言われる、未だ誰も攻略していない塔を攻略すれば、誰もが認める勇者となれる。


 まだまだ先は長いが、シロクは焦らない。

 シロクが生まれるよりずっと昔から、当たり前のように建つ無数の塔。

 その一番難しい塔は、完成から百年とも、二百年ともいわれるぐらい、誰も最上階には到達していない。


「シロク、シロク! これ、ずるずる!」


 昨日と同じ場所に出ている屋台の前でシリリィが飛び跳ねている。


「こんばんは。昨日は美味しいご飯をありがとうございました」


 シロクが言うと、鉄板から上がる白い煙の向こうにいた男は、口をあんぐりと開いて硬直していた。


「おじさん、こげちゃうよ?」

「あ、え……?」


 苦情を言いに戻ってくるのではないか胸が高鳴った昨夜。

 いつか金を返せと迫るのではないかと胃が痛んだ今朝。

 そしてやってきた今夜。


「あちゃぁーっ!」


 水分を吸った野菜が弾けて、コテを持った男の手の甲に跳ねた。


「大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫だ……。これぐらい、一流の料理人には大したことじゃない」


 ヒリヒリと痛み、赤くなる手の甲。


「きょ、今日はどうしたんだ?」


 なるべく平静を装うとするものの、元々そんなに悪人ではない――昨夜は魔が差した――店主の男は声が震えていた。


「昨日の、すごく美味しかったです! また食べたくなって来ました!」

「そ、そうか……そいつはありがとな。昨日のは特別だったからな」

「今日も特別でお願いします! これで買えるだけ」


 シロクはポケットの中から昼に使った分の残りの小銭を出して見せた。

 二千六百ゼン。


「そ、その金額なら二皿かな……」


(昨日のぼったくりに気づいてない……?)


「大盛りでおねが」


 言いかけたシロクの腕を引っ張るシリリィ。


「ん、なに?」


 だが、シロクの腕を引っ張ったシリリィはシロクを見ておらず、店主を見ていた。


「おじさん、うそ、ついてるね」


 ひっ、と声にならない声が上がり、後ずさった。


「どういうこと?」


 シロクが訊ねると、シリリィは不思議そうに首を傾げたが、その顔はあどけない笑顔。


「もっといっぱい、食べれるよ!」

「本当に?」


 シリリィの言葉を聞いて、シロクは期待の眼差しで店主を見る。


「……すまない。今日、金はいい。大盛りで十パック、作ってやるから待ってくれ」


 無理をしてでも出そうかと考えたシロクだが、グルリポに金は大事にしろ、と言われたことを思い出し、ポケットにしまった。


「ああ、悪いことはできねぇーもんだなぁ」


 店主は嘆きながら、大量の麺と野菜を、香ばしいソースに絡ませて焼き続けた。


「ほらよ……。今日の分の材料全部だ」


 両手でコテを使い続けた店主の腕は痙攣し、シロクに商品を渡した時には、どこか痩せ細って見えたのは気のせいではなかったかもしれない。


「ありがとうございます! また明日も来ますね!」


 その元気な宣言に「もう来るな」と言ってやりたかったが、シロクの持つパックに顔を近づけて匂いを嗅ぎながらヨダレを垂らす少女が一瞬、店主を――自分を見た気がした。

 悪事について言及されたわけではないのに、すべてを見透かされたかのような、濁りのない瞳に見つめられ、店主はしばらくの間は、この二人にもらい過ぎた分を返し続ける覚悟を腹に決めた。


「それじゃあ、シリリィ、昨日のところで食べようか」


 うんうん、と無言で頷き、シリリィはシロクの持つパックの入った袋を一緒に持ち、まるでカップルのように二人は立ち去っていく。

 その背中を見送り、深いため息が漏れる。


「唯一の救いは、俺なんかが作った料理を、あんなに美味いって言ってくれることぐらいか……」


 鉄板の上に残った、ソースが染み込んだ麺の切れ端を口の中に放る。


「確かにこれはうめぇや」

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