02
少年シロクは、『新米勇者候補決定戦』の受付でもあった場所で、名前以外の必要情報を登録していた。
ここでしっかりと登録を済ませておけば、塔破者――この国の中にある無数の塔を攻略するため、塔の中に入る権利をもらえる。
その塔を最上階まで踏破・攻略する者を、塔を破る者『塔破者』と呼ぶ。
木製の武器しか許されない環境とはいえ、先ほどの五匹ぽっちのウルルフにですら、腕自慢の塔破者志望の者が何人も簡単に蹴散らされたのである。
それだけ危険な環境が塔――その中には、冒険者としての夢や希望が詰まっている。
脚光を浴びたっておかしくない勇者候補である塔破者になり、挑むことを許されたシロクは、石造りの薄汚く、薄暗い、そこかしこから水の滴る音の聞こえる牢獄のような狭い室内で、恰幅のいいハゲ頭の男と机を挟んで向かい合っていた。
「ここに名前を書け……。それで登録完了だ」
使い古された羽ペンと一緒に小さなインク瓶がシロクの前に差し出される。
「し・ろ・く」
ペン先をインクに浸して資料に名前を記す。
それを奪うようにして受付の男は確認して、机の引き出しを開けて、ハンコを取り出す。
「左手の甲を出せ」
シロクは言われたまま、机の上に左手を広げて置くと、男は手の甲にハンコを捺し、すぐに名前を書いた紙にも捺した。
「ほらよ、これでいい」
男がハンコを片づけながら、背後にやってきた男からシワだらけの紙幣を受け取ると、一枚一枚しっかりと確認した。
「まったく、どこのガキだか知らないが、ガキが持つには大金過ぎる額だ」
男は一枚か二枚、盗んでしまいたくなる衝動を必死に抑えて、五枚の紙幣を机に投げるように適当に放る。
「これが『新米勇者候補決定戦』の賞金だ。ったく、これだけありゃ、夜の町でいい女侍らせて、一等高い酒を浴びるように飲んだって釣りが来るぐらいの大金だぜ、この外町じゃ」
シロクは初めて手にする大金をしっかりと両手で拾い上げて、その紙幣の感触を確かめるように大事にポケットにしまう。
「なんなら、俺がもらってやったっていいぐらいだ」
ぶつぶつ言いながら、机の上を片付け終えた男は、未だ残り続けるシロクに気づいて、眉間にシワを寄せて睨んだ。
「とっとと出ていけ。五万ゼンなんてガキが遊びに使うには十分過ぎる額だ。この不定期開催の『新米勇者候補決定戦』の優勝者に与えられる一律の額だ。それに文句があるのなら、この国で偉くなるこった。それとも他になにか聞きたいことでもあるってのか?」
「さっき、紙と手の甲に捺したのはなんですか?」
「魔法のインクだ。それを塔に入る時、受付に見せれば通行許可証になる。腕を切り落とされでもしない限りは、生きている間、永遠に有効だ。一部を除いてだがな」
「そっか。ありがとう」
「……まったく」
これだけ愛想を悪くしても、一向に笑顔を絶やさず、それどころかこうして礼まで素直に述べるシロクを見て、男はハゲ上がった頭を掻いた。
「知ってると思うが、その許可証で入れるのは、一番外側の塔だけだ。中に行きたければ、一つずつクリアしていけ。次の許可証がもらえる」
「一番外側からか~」
街の様子を思い浮かべて、シロクは数度首を縦に振る。
「あと、これは噂レベルの助言だ。――塔には夜、入るな。モンスターは夜に活性化する。まあ、それを目当てに入るやつもいるっちゃいるが、お前のような右も左もわからないガキはやめておけ。忠告だ。こんなことを教えてくれるお人好しは、俺ぐらいなもんだ」
「どうして教えてくれるんですか?」
素直に、それでいて疑問に思ったことを真っ直ぐに訊ねられ、男は困惑の色を隠せなかった。
「俺が情報を教えてやったんだ、少しでも長生きしてみせろってことだ」
「はい! わかりました! ありがとうございます!」
シロクはハキハキとした声で怒鳴るように言って頭を下げるものだから、男は鬱陶しそうに耳の穴に指を突っ込んだ。
「もう出てけ」
顔を上げたシロクに対して、虫でも払うように手を、シッシッと振る。
「僕、絶対に塔破してみせますね!」
狭い部屋から出て、ドアを閉める前に振り返ってシロクは手を振った。
どこまでも愛想のいい、年齢よりも幼く見える笑顔を見せていた。
「まったく……『ルーキー狩りのドドンメ』が聞いて呆れるぜ。あんなガキを塔に解き放ちやがって。これじゃあ、塔のためもなにもあったもんじゃない」
男はつまらなそうに呟いて、シロクとは逆のドアから部屋を出て行った。