07
「お客さん、うちのコロッケは美味しいよ」
サクサクの衣が綺麗な大きなコロッケ、一個百五十ゼン。
「三個ください!」
「焼きたてパン、いかがですか」
外側はフワフワで中はもっちりの香ばしい香りの漂うパン、一個二百ゼン。
「三個ください!」
「デザートにはクリーム入りの焼き菓子はいかが?」
ふっくらと焼き上げられた甘いパン生地の中には溢れんばかりの生クリーム、一個三百五十ゼン。
「三個ください!」
大量に食べることはいけないことだと学んだシロクだが、すべての呼び込みの声に反応しては、すべての店の商品を三個ずつ買い、その場であっという間に食してしまう。
「どれもおいしい!」
どこの店でも、満面の笑みで大声で言うものだから、どれだけのものなのかと、普段では見向きもしない人たちが物は試しにと、どんどん集まってきて、シロクの通り過ぎた背後では、黒山の人だかりができていた。
「そこの少年、こいつは美味いぞ! どうだ?」
左右に並ぶ通りが少し寂しくなってきた頃、突然威勢のいい呼び込みの声が聞こえる。
それなのにシロクはすぐに気づけなかった。
「いい匂い、しませんよ?」
すべての食べ物から発せられる匂いに引きつけられては、耳や目、足を向けていたシロクだったが、その店には呼び止められるまで反応しなかった。
「そりゃそうだ。匂いがしたら困るからな」
かっかっ、と豪快に笑う小さなエプロンをつけた大男。
シロクは店先に並ぶ、紙に包まれた大きななにかを、じっと見て首を傾げる。
「これはな塔破者ご用達の、超絶レア飯だ!」
「超絶レア飯!」
「塔破者に人気で、作ったらすぐ売れちまうんだが、今日は運よく残ってた! ボク、ラッキーだな!」
「なんなんですか?」
キラキラとした目を向けるシロクを見て、商売人の魂が疼いた大男の店主は鼻を指で弾くように撫でて、得意げな笑みを見せた。
(ここいらじゃこの飯は高すぎて塔破者か、塔破者に憧れる子供にしか売れない)
そういう意味では、いいカモがやってきた。
「ボクも塔破者に憧れているんだろ? いいや、言わなくてもいい」
なにかを言いかけたシロクの顔の前に、大きな手を差し出して言葉を遮る。
「男の子は誰だって夢見て、憧れて、おもちゃの木剣を買ってもらって、勇者ごっこをするもんだ!」
シロクの腰に差してある木剣にも目ざとく気づいていた。
「そこで、勇者になるにはこれが必要! 勇者飯!」
「超絶レアなの?」
「……超絶レアな勇者飯!」
「おおおおおお!」
シロクは嬉しそうに大男の言葉、すべてに反応する。
「塔に入るには、武器やアイテムとどうしても持ち物が多くなるし、上に行けば行くほど、敵は手強く、体力の消耗も激しい。そこで、この超絶レアな勇者飯が役立つわけだ!」
「どうしてどうして?」
「いいか? 塔には色んなモンスターがいる。毒や麻痺などの状態異常にしてくる手強いのがな。だけど、それを治す薬をいちいち持ち込んでたらキリがない。そーこーでー!」
どーん、とでも効果音をつけたくなるような無駄なアクションで台の上のものを示す。
「これだ! 超絶レアな勇者飯! これにはな、人間の体を作る米が使われ、その中には塔破者が大好きな栄養たっぷりの肉! それ以外には香草として、塔で採取された毒消し草などに下味をつけて、練りこんであるんだ!」
「つまり、これを食べれば体力も状態異常も回復できる!」
「ボク、頭いいね! そういうことだ!」
「すごい!」
ふふーん、と大男は腕を組んで鼻高々といった様子。
「この国は夜の町はぼったくりが多いが、昼の町は違う。赤字覚悟で良い品を適正の値段で売っている。っても、俺が言っても説得力がないな」
「向こうのお店、安かった!」
シロクは一万ゼン札を最初に出してから、その釣銭で買い物をしてもまだ細かいのが残っているのだ。昨夜の麺料理に比べれば格安もいいところだ。
「だけどな、この店はこの通りの食べ物屋で一番高い。素材にこだわり過ぎたせいで、なかなか売れないんだ。効果は保障できるし、なによりたくさんの香草を使ったことで、このままで十日は保存できる代物だ」
その保存期間の長さから、塔破者からも支持されているのは本当だが、こんな時間に買い物に来る塔破者は滅多にいない。
ほとんどが朝一か日が暮れてからだ。
そして家計の財布のヒモを握る主婦には、まったく売れない。
カップルになんて鼻で笑われる。
(寝坊さえしなければ、毎日朝に売り切れるんだけどな。朝は眠いから仕方ない)
それで売れ残っていてあ目も当てられない。
「いくらですか?」
「一個五百ゼンだ」
確かに今まで食べてきた中では一番高いが、その分大きさも保存性の高さもあるし、なにより。
「十個ください!」
「……おいおい、そんな同情いらんぞ。さすがに子供から、そんなに」
シロクは五千ゼン札と一緒に、ゴムゴブリンが落とした、黒い棒状の石を見せた。
「僕は塔破者です。昨日なりました。そしてさっき塔でゴムゴブリンを倒してきました」
「…………マジ?」
シロクはにっこり頷く。
「そうか、よし。一個サービスしてやる! 俺の話を最後まで真剣に聞いてくれたお客さんは久しぶりだからな」
大男のおじさんは十一個を紙袋に入れて、五千ゼン札と交換した。
「ありがとう!」
泣きそうなおじさんの感謝の声に、
「これがあれば、僕は塔の上まで行けそうです!」
シロクは満面の笑みで応えた。
「死ぬんじゃないぞ」
受け取った紙袋に顔を突っ込むがやっぱり匂いはしない。
「匂いがしたらモンスターが寄ってくるから恐れがあるからな。それと、名前教えてくれ」
おじさんの背後、店内には塔破者の名前が書かれた色紙がたくさん壁に飾られている。
そのほとんどに感謝の言葉も一緒に書き添えられていた。
「僕の名前はシロクです。勇者になります!」
「そうか、シロクか。一番外側の塔を攻略したら、また顔を出せ。色紙を書いてもらう。そしたらサービスで特大ライスタワーをやる」
「らいすたわー?」
「おう、それの商品名だ。お米で塔のように作った飯だからな、ライスタワーだ」
塔というよりは三角に近いが、それでもシロクはその名をしっかり覚えた。
「また来ます!」
「生きて帰って来いよ!」




