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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

普通でいたい私と孤独な呪い。

作者:

繰り返しますが、本小説は相当程度の残酷描写が盛り込まれています。まぁ、うーん、残酷というか、『倫理観? なにそれ、おいしいの?』という表現の方が適切か……? 作者自身はよく分からないので、皆さん自身で読んでみて、感想をどしどし下さいな。



私は中村ユウ。


ごく普通の女子高生である。


世間では花のJKとして、表でも裏でも持て囃される事の多い女子高生だが、覚えておいて欲しい。あんなものは殆どが偶像である。飽くなきフロンティアへの探究心に突き動かされた紳士共が互いに共鳴し合って生み出された、謂わば一人歩きする都市伝説である。勿論、世間には頭が緩い、というか股がガバガバな、JKの皮を被ったイエロービッチモンキーが嬉しいそうに差し出されたバナナを頬張る世界もある事にはあるが、覚えておいて欲しい。


私は中村ユウ。


私こそが普通の女子高生である。


学校では友達とジャニーズの話で盛り上がったり、イケメンの前ではちょっとだけ可愛い子ちゃんを演じてみたり、家に帰って自室に入った途端パンツ一丁になってゴロゴロしたりしている、ごく普通の女子高生である。女子の嗜みとお菓子作りに挑戦した結果つまみ食いした弟を病院送りにしたり、ウィンドウショッピングで見つけた可愛いお洋服を衝動買いして一文無しになったりしている、普通の女子高生の代名詞とも形容するべき存在こそが、私なのである。


お分かり頂けただろうか?


そんな普通の権化である所の私は現在、電車に揺られつつ絶賛登校中である。インドの満員電車ほど酷くないとはいえ、朝の通勤ラッシュの時間帯は電車が非常に混む。いや、まぁいい匂いのする女の子達に囲まれてギュウギュウ詰めになるくらいならいいというか寧ろ大歓迎だけど、タバコ臭いハゲオヤジがちょっとでも近くに来たりすると途端に殺意が湧く。今日も、近くに押されて来たハゲオヤジを、通学鞄でバリケードを構築して避けながら、ちょっと憂鬱な気持ちでケータイ小説を眺めていた。バリケードの先から漏れてくる据えた加齢臭に顔を顰める事15分程。『まもなく、東海学園前〜』という気の抜けたアナウンスの後、電車が止まったことを確認し、私は出来るだけ女の子達の間を掻き分けるようにして進みながら、四角い缶詰の中から這い出る。学校は、もう目の前だった。


教室に入るなり、


「ユウ、おっはよー!」


という快活な声が私にかけられた。声のした方を見ると、栗色の髪をセミロングに伸ばした友人Aが、私に向かって手をぶんぶんと振っていた。私もおはようと挨拶を返すと、彼女は私の返事ににっこりと笑って、


「でさでさ、昨日の放課後にね、うち最近オープンした駅前のカフェに行って来たんだけど……」


そんな他愛のない話を始めた。私はそんな彼女に対し、的確なタイミングで笑いや相槌を打つ事に腐心していた。今、私は普通に笑えているだろうか? ちゃんと話を合わせる事が出来ているだろうか? そんな事ばかりが気になって仕方がない。


クラスでは、私はまぁ群れる女子の中の一端として、無難な立ち位置を築いている。友達はそこそこいると思う。だが、友達の定義というのも非常に曖昧なものだ。仲が良ければ友達だと言っても、私に本当に仲がよい友達がいるのかと考えると、途端に自信がなくなってくる。友達と話している私は所詮、対普通の人間用に調整されたソフトウェアが私に成り代わって話しているわけで、それが本当に私なのかと考えると、頭がこんがらがってしまう。


あぁ、普通でいるというのは、こんなに疲れるものなのだなぁ。


そう、もう何度言ったか分からない戯言をまた呟いてみたりして。


私の普通の高校生活は、至極普通に過ぎて行った。


そして、放課後。


一緒にカフェに寄ってかない? という友人ABCの誘いを丁重にお断り申し上げて、私は一人、家路についていた。胸の奥底から湧き出そうとするドロドロした衝動を、イヤホンから流れるメタリカのスラッシュなメタルで相殺しながら、そろそろ間欠泉が噴き出す頃かなぁなどと思いを馳せていた。行きとは裏腹にガラガラに空いた電車に乗り込み、同じく帰宅途中らしい女の子の隣にどっかと座り込む。女の子は、私が座る間際にちらっと私の方を見たが、すぐにどうでも良さそうに、目線を手元の文庫本に戻した。何を読んでるのかなぁとちょっと身体を寄せてみると、控えめに付けられた香水の匂いが、私の鼻の奥を優しく撫でた。瞬間、私の頭に鈍い痛みが走った。その痛みはだんだんと激しさを増し、頭の中で何かが暴れまわっているかのような凄まじい痛みに変わって行く。


あぁ……。これは、もう駄目だな。耐えるのはもう限界そうだ。


メタリカの力を借りても鎮圧出来なくなったドロドロした衝動を解き放ち、私は、大人しく意識を手放した。


ふと気付くと、私は暗い路地裏に立っていた。目の前には、原型を失ってグズグズに崩れた肉塊が横たわっている。濃厚な血の匂いが辺りを包み込み、鼻を通じて私の脳細胞をちくちくと刺激する。私はそれを見て、はぁーっと深いため息をついた。傍らに転がるビリビリに引き裂かれた女子制服は、どう見ても電車で隣の席にいた女の子のものだ。きっとこの子の後をつけてから、良さげな路地裏に連れ込んで惨殺したんだろうなぁ……。先ずはともあれ、この肉塊をどうにかして片付けなければならない。警察に捕まるのはまっぴら御免なのだ。


近くに転がっていた血濡れた包丁と手頃な大きさの石を使って、私は肉塊を幾つかのパーツに分解した。包丁で肉を切り裂き、手に持った石で地道に骨を粉砕する作業だ。ハンマーがあればいいのだが、そんな悠長な事は言ってられない。


ひいっという短い悲鳴が、何処かから聞こえて来た。私が声のした方を見ると、酔っ払っているらしいサラリーマンが一人、足を震わせながら立ち竦んでいた。私はすかさず手に持っていた包丁を投擲する。包丁は、寸分違わずサラリーマンの喉へと突き刺さった。サラリーマンは、そのままドサっと崩れ落ちた。私は新鮮な肉塊から包丁を回収しながら、今日はあと何人殺さればならないのだろうか、と独りごちた。


結局、死体の処理が完了する迄に、私は7名もの人間を殺す羽目になった。全ての人間を小さなパーツの肉塊に分割すると、私はバッグから体操服を取り出し、それに着替えた。着ていた制服は返り血で汚れ過ぎており、それを着て歩いただけで職質されるのは間違いないだろう。また制服を買い換えなくちゃダメかなぁ……。私は弱々しく溜め息をついた。


時刻は既に午前0時を回っている。普通なら親が心配して警察なんかに通報していそうな時間帯だが、生憎私は一人暮らしなので、そんな心配は皆無である。そして、いい加減にお腹が空いた。肉ならそこらへんにいっぱい散らばっているが、生のままで食うのは御免だった。お子ちゃまと罵って貰っても構わない、私はウェルダンしか食せないのだ。さっさ帰って焼肉を食おうと、私は骨の部分と肉の部分に分離した遺骸のうち、骨を近くに転がっていた大きなポリバケツに詰め、路地裏を出た。ケータイのマップ情報を頼りに、私は近くにあるらしい用水路へと向かう。用水路は、生活排水で酷く濁っていた。ここで泳ぐような人もいないだろうしと、私はバケツに入れていた7人分の骨を用水路に棄てた。


骨の処理は一応完了したという事にして、次に処理するのは骨からこそぎ落とした肉の方だ。300kgを越えそうな肉の山から美味しそうな部分だけを3kg程抜き取って、後の残りはポリバケツに突っ込んで、少量ずつトイレに流したり、公園や山に埋めたり、川に流したりしてポリバケツを空にし、路地裏に戻ってまたポリバケツを満杯にする事を何度か繰り返すだけの単調作業だ。まぁそもそも、例え掌サイズのにくが道端に落ちていたと言っても、その肉片から殺人事件があったのではないかと邪推する人はまずいないだろうしな。細切れにしてしまえば、基本的に問題無しなのである。まぁ、一番いいのが、細切れにした後その肉を焼いて、残飯として処理する事だろう。この手法でバレたらもはや奇跡である。


然し、単なる単調作業といっても、その作業は困難を極めた。分量が分量だからな、今回……。4回その作業を繰り返した後路地裏に戻ると、金髪ヤンキー共が3人程入り込んで何やらアワアワしていたので、取り敢えず頚椎に手刀を叩き込んで意識を奪った後、簀巻きにして近所の公園のトイレに棄てておいた。


肉の処理が終わった後は、近所の川の水をポリバケツで汲み、現場の血を洗い流す作業が残っていた。これがまた骨の折れる作業だった。数十回その作業を繰り返し、もういいだろうと思った頃には、既に夜が明けていた。ケータイを起動して時刻を確認してみると、既に5時13分だった。ダメ押しで、セ○ンイレブンで買ってきた酸性洗剤を現場にブチまけると、現場は芳香剤のかぐわしい匂いに包まれ、ここで殺人があったとは誰も予想できないだろうという環境になった。ちなみに、酸性洗剤をぶちまけた目的はこれだけではない。ルミノール反応を消すためでもある。


……よし。


……今日は学校を休もう。


こうして、私の概ね普通の高校生活は過ぎてゆく。


一月に一度程のペースで爆発する殺人衝動に手を焼きながら、こんな普通の生活がいつまでも続くのだろうと思っていた。



そんな、ある日のこと。



私は、あてもなく街中をぶらついていた。余りにも閑散とした我が家に篭っている事が苦痛になったのだ。取り敢えず、近くのTSUTAYAにでも篭って時間を潰そうかなぁ、なんて考えながら歩いていると、ふと、私は自分が見慣れぬ住宅街の中に置かれている事に気付いた。変だ、さっきまで家からTSUTAYAへの、見慣れた道を辿っていた筈なのに。その道から逸れて、こんな辺鄙な所までやって来た記憶が全く無い。私が『迷い込んだ』ではなく『置かれた』という表現を使ったのは、単にそんな不自然さのせいである。その不自然さを言い表すならば、『無差別転移魔法で平行世界へと吹き飛ばされた村人Aのような心情』といった感じになるだろうか。


「参ったなぁ……」


私はそう言って溜め息をついた。どうやら迷ってしまったようだ。高校生にもなって迷子になるとは何たる屈辱。というか、こんなに上の空で歩いてて、よく誰にもぶつからなかったなぁ、私。残念ながら、咄嗟に家を飛び出して来た為、愛用の携帯は今頃私の机の上で放置プレイを喰らっているだろう。


さてさて。


仕方ないので通行人に現在地を尋ねようかなぁと思って近づいてみるのだが、さっきから何故か逃げられる。私が声をかけると、ひっ、とか言いながら一目散に逃げて行く。周りの人達は、そんな私を遠巻きに見物してヒソヒソやっていた。何だ、こんな普通の権化たる私の何をそんなに恐れる事があるというのか。流石に傷ついたので、私はそんな通行人の方々は無視して、この周辺を散策してみる事にした。何の変哲もない住宅街の真っ只中だし、大して面白いものもないと思うのだが。まぁ、要するに気分だ、気分。特にどこを目指す訳でもなく、取り敢えず歩き回ってみる。見えぬ何かに引き寄せられるように、私はまだ見ぬ場所へと足を運ぶ。


そのまま歩いて数分の後。私はふと、とある一軒家の前で立ち止まった。別に、その一軒家が私の友達の家であった訳でも、生き別れた母親が子供時代に住んでいた懐かしの家であるという訳でもないのだが、何と無く気になったのだ。何処にでもありそうな、ちょっと古ぼけた一軒家だ。庭は荒れ放題になっており、水垢にまみれたその一軒家の小さな窓も、競うように伸びたセイタカアワダチソウたちに邪魔されて、その姿を奥ゆかしく隠していた。


どう見ても、人が住んでいるようには思えない。何で私が何と無く気になってしまったのかと、首を捻ってもよく分からない。良く分からないが、何と無く気になって仕方がないので、やんちゃ盛りなセイタカアワダチソウたちを踏み倒しながら、私は玄関へと向かった。


玄関の引き戸は、どうやら開いているようだった。だがここに来て、私は初めて罪悪感を覚えた。当たり前だ、私のやっている事は不法侵入なのだ。本当なら、もっと早い段階で罪悪感を抱くべきだっただろうに。暫く玄関の前でうんうんと唸ってみたが、何と無く気になるのは気になるのだ。意を決して、引き戸をそうっと開けてみた。


すると、開けた途端に、私の全身の産毛がぶわっと逆立った。何か、濃厚な気配をこの廃屋の中に感じたのだ。間違いなく、ここには何かが潜んでいる。不思議と、恐怖は感じなかった。ただ、どこか懐かしさを感じさせるような気配だった。もしかして、ここは本当に生き別れたの母親が住んでいた家だったりするのだろうか。


私に行き別れの母親などいないのだが。


私は、その気配の源へと進んで行く。いや、進むというより、身体が勝手に動いているような感覚だった。自分の身体が自分のものでは無くなるような感覚。熱に浮かされたようによろよろと歩みを進める私を、私はどこか他人事のように俯瞰していた。土足のまま玄関を上がると、すぐ右にあった襖を開ける。


そこにあったのは、地獄だった。














襖を開いた先にあったのは、どう見ても惨殺現場としか思えないような、荒廃した部屋だった。茶色く変色した畳は、夥しい量の血液を吸収し、何とも言えない饐えた匂いを放っていた。部屋に散乱した大量の人間の腕や脚は、最低でも10人以上の人間が、ここで惨殺された事を暗示している。それらの一部は猛獣に食い散らされたように無残に引き裂かれ、微かに腐臭を発し始めていた。中央には、胴体だけとなった女性の胴体が積み上げられている。その胸の発育度と陰毛の生え具合から鑑みると、どうやら全て中学生前後のものであるらしい。胸が片方抉り取られていたり、腹が破かれ小腸が溢れ出ていたり、引き裂かれた性器から白い液体を垂らしていたりと、一部のネクロフィリアからすれば天国のように思えるであろう光景が広がっている。


その死体の山の頂上で、一人の少年が眠っているのが見えた。裸で死体の山を掻き抱くように眠る少年は、まるで天使のように美しかった。きっと、この部屋に積み上げられた少女達を殺したのは、この少年なのだろうが。少年は、それらの悪事でも無条件に許されてしまいそうな程、神聖で不可侵なオーラを纏っていた。


残虐さという言葉を体現したような部屋の中に、異質な神聖さを纏った少年が一人。その少年一人の存在だけで、無秩序だった残虐の海の中に秩序が生まれ、さながら一つの芸術のように完成していた。今迄見てきた全ての美が霞んでしまうような、強烈な『美』。私はその幻想的な光景に圧倒され、暫しの間自分という存在を見失っていた。不思議と、惨たらしいという思いは湧いて来なかった。普通ならばあってはならない事だとは思うが、まぁ、見慣れてるし。


「……………………ん?」


不意に、死体の山に埋もれた少年がそんな呻き声を上げて、私はハッと我に返った。そのまま最大限の警戒を持って、もぞもぞと起き上がる少年を見守る。相手は凶悪なる殺人犯なのだ。相手が私を見てどんな反応に出るのか、全く見当もつかない。もしかしたら、目が合った途端に私を殺しに来る可能性もあるのだ。


と。


死体の山の上にどっかと座って、ふゎーっと気の抜けたような欠伸をした殺人鬼の少年は、そこで漸く私の視線に気付いたのか、ゆっくりと私が立っている方へと首を捻る。


目が、合ってしまった。


墨汁を煮込んだような、黒々としてどろどろな目だった。


あぁ、これから私は殺されるのだろうか。思えば、何の面白味もない人生だった。普通に友達を作って、普通に高校生活を送って、普通を普通で塗り固めて更に普通のテープでグルグル巻きにされたような、全ステータスを普通に極振りしたかのような、そんな絵に描いたような普通過ぎる日々。もし生まれ変われるならば、今度は光の勇者と宮廷魔導師の間に生まれて、王都に迫り来た悪いドラゴンなんかをバッタバッタと薙ぎ倒してみたいなぁ、なんて。そんな未来を、願ってみてもいいかなぁ。


それでは皆さん、ここまで読んで下さりありがとうございました。この『普通でいたい私と孤独な呪い』は、突然ですが、ここで終了となりそうです。申し訳ございません。然し、運命とはどうしようもないものなのです。ご容赦下さい!


それでは、最期に一言。


この、クソッタレな世界に乾杯!


……。


…………。


………………アレ?


私は、まだ生きていた。


てっきり目が合った瞬間に殺されるのではないかなぁと思ってたけれど、殺人鬼な少年は、まだ死体の山の上に座ったまま身動きしていない。ていうかさっきから目が合ったまま逸らそうとさてくれない。私が目を逸らそうとしても、身体が言うことを聞いてくれない。まるで、道端で野良猫とばったり目が合ってしまった時のような心境だった。


「……………………あのー」


やがて、殺人鬼な少年が気まずそうに言葉を放った。


「……………………服着たいんで、あんまりじろじろ見ないでくれませんかね?」


「…………」


仰る通りで。















部屋から出て殺人鬼な少年の着替えを待った後、『もういいですよー』とお呼びがかかったのを聞いて、私はあの血濡れた部屋へと戻った。然し、服を着たいとは、思ったより普通の殺人鬼だなぁ。


……いやいや、普通の殺人鬼って何だ。


殺人鬼という称号が付いている時点で、人間としてはもう異端も異端だろう。


だって、『鬼』ですよ? 『鬼』。


人間である事すら許されてないじゃないですか。


え? 私? 私は殺人鬼ではありませんよ?


私は人殺しが趣味ではありませんし?


……私は誰に語っているのだろう。


部屋の襖を開けると、先程の少年は何故か袖に黄線の入った学ランを着て、死体の山の上で正座していた。


「先程はみっともない所をお見せして、申し訳ございませんでした」


私の姿を確認するなり、綺麗な三つ指をついて土下座し始めた。


死体の山の上で。


……シュール過ぎて、どう反応したらよいか困ってしまう。


「え、えぇと、よきにはからえ?」


とりあえず、そう返しておく。


「ははぁーっ」


学ランを着た殺人鬼は一層深く土下座して、そのまま死体の山をずざーっと滑り降りて来た。


何ともブラッドリーなスライディング土下座である。


「ていうか君、何でそんな言葉が堅苦しい訳? キャラ作り?」


「いえいえ、そんなどこぞの零崎のような真似はしませんとも。僕は野良の殺人鬼ですから。だって、格上の相手に礼節を持って接するのは、当然の事でしょう?」


どこぞの零崎って……。


「格上って私? 私の方が年上だから?」


「笑止。殺人鬼の間に年齢だとか性別だとかなんて関係ございませんでしょう。貴女は僕なんかよりよっぽど格上の殺人鬼だとお見受けします故」


「え」


いやいや、ちょっと待て。


「私、断じて殺人鬼なんかじゃないんだけど」


私がそう言うと、


「そんな格好で言われても説得力がないのですが……」


彼は黙って私の方を指差した。


その指に誘われるままに、私は俯いて自分の身体を見下ろしてみた。


可愛らしい部屋着に包まれていた筈の身体は、もはや僅かなボロ布を纏うだけとなっており、加えて所々に血らしきものや、青や黒の塗料なんかがこびりついて、まるで趣味の悪いボディペイントみたいになっていた。


……だから通行人が私を見て怖がっていたのか。


また人を殺したのだろうか。二週間くらい前に殺したばっかだけど、今回は早かったなぁ。


じゃなくて。


「え、ちょ、何で私こんな、いかにも『ちょっと一戦繰り広げて来ました』的な格好しちゃってるワケ? マジありえないんだけど」


とりあえず、そう言って誤魔化しておく。


「動揺して口調がおかしくなってますよ……。じゃああれですかね、貴女はトランス状態になって暴れ回るタイプなんですかね。うっわー、そっちの方が始末が悪いのに。貴女、もうちょっと自分に責任持って下さいよ!」


学ランを着た殺人鬼は何やらぶつぶつ呟いていたかと思うと、急に怒り出して、座っていた死体から子宮を抉り出し、こっちに投げつけて来た。


情緒不安定なのだろうか。


「あれ、何で私こんなに怒られてんの?」


「あなたのせいです」


「私のせいですか」


「仕方ないですねー……。僕、本当こんなガラじゃないんですが、まぁ貴女を放っておくとどんな行動に出るか分かりませんし、僕があなたのカウンセリングをしてあげますよ」


「殺人鬼なのに?」


「殺人鬼だからこそです」


学ランを着た殺人鬼は豪語する。


「ていうか、何で私なんかがカウンセリングを受ける必要があるの? こんな、普通を普通で塗り固めて更に普通のテープでグルグル巻きにされたような、全ステータスを普通に極振りしたかのような、そんな絵に描いたような普通過ぎる日々を送っている普通の権化たる私が?」


「使い回し乙です」


「煩い黙れ、そして死ね」


「キャラがブレ過ぎでしょう、さっきから……」


仕方ないだろう、作者は自分の文章がdisられるとすぐキレるのだ。


だが、この学ランを着た殺人鬼を動かしているのも結局作者であり、つまり、作者は自分が作り出した登場人物に自分をdisらせる事で、間接的に自虐ネタをかましている事になる。


だがそもそも、小説家達が何故小説を書くのかという事を考えてみると、そこには自己を評価して欲しいという願望が、少なからずあると思う。その評価を得る為に、作者達が自己の作品に施す調味料の数は様々だ。作者だって、渾身の自虐ネタで自らも身を焼かれながら、それでもよりよい評価を得る為に、自らの犠牲を厭おうとしていない。この姿勢こそが、何よりも重要な事だと思う。


何が言いたいかって?


だから、この作品を見たアナタ。どうか、拙作に清き1評価ptを!


……って、言えって(作者が)。


「盛大に話を逸らされた気がするのですが……。まぁいいです。……貴女が本当に普通の人間なら、この部屋を見た途端に悲鳴を上げるか嘔吐するかする筈だと思うのですが。僕が見た限り、貴女はおそらく何の反応もしなかった。これこそ、あなたが普通の人間ではないという何よりもの証拠ではありませんか?」


何も言わなくなった私に焦れたのか、学ランを着た殺人鬼は座っていた死体の腹をポケットから出したサバイバルナイフで引き裂くと、中から腸を引っ張り出し、乱暴に千切り始めた。腸のブチブチと裂ける音をBGMに、彼はそんな事を言う。


「……これ、本当にカウンセリングなの?」


「そうですが」


「……カウンセリングって、患者の心を癒すものだよね? 今君、私の心をグサっと抉りに来てるけど」


「何を言っているのです? 一度患者の心をバキボキに折った上で、都合のいい言葉を吐いて修復するのがカウンセリングでしょう?」


「それはもはやマインドコントロールの類になると思う……」


という事は何だ、私はこいつにマインドコントロールをかけられる予定だったのか。


殺人鬼の癖に、生意気な。


なんとなく、殺人鬼はそういった精神干渉を嫌っていると思っていたのだが。そういった方面は、『殺し名』ではなく『呪い名』の管轄だろうし。


……冗談ですよ?


私は、現実と虚構の境界が曖昧になる程耄碌してはおりませんし。


「そうですねぇ、では質問を変えましょう。貴女は、どうやってこの廃屋まで辿り着いたのですか?」


「どうやってって、うーん。何となく?」


何となくというか、この私の惨状を見るに、通常月一のタイミングで爆発する殺人衝動が、何かしらのイレギュラーによって爆発した結果なのだろうけれど。そして、おそらくその何かしらのイレギュラーというのは、この学ランを来た殺人鬼が巻き起こした殺戮に起因するのだろうけれど。


早い話、私はその、何というか、死の匂い的な何かに誘われて飛んで来た一羽の蝶なのである。うん。端的に言えば。


「そうですか、何となくですか。何となく彷徨っていて、気付いたらここにいたと。そして、ここに来るまでの事を何も覚えていないと?」


「……お察しの通りで」


私はそう言って頷いた。


「で、おそらくですが、貴女が直前の記憶を失った上で今のようにボロボロな格好をしていた経験は、今回だけではないのでしょう?」


「まぁ……。1〜2ヶ月に一度程の頻度であったけど。気付いたら目の前にグズグズになった死体が転がっていたり、殺した人間を喰い漁っている最中だったり。その時の私の驚きと言ったら、もう如何程のモノになるか。毎月毎月そんな目に遭っていたら、否応無しにスプラッタな死体には慣れてしまうって。きっと、私の中には別のナニカが眠っているんだと思う」


「トボけないで下さい、よっ!」


学ランを着た殺人鬼はそう吐き捨てると、手に持っていたサバイバルナイフを私めがけて投げつけてきた。私は、飛んでくるナイフの側面を指で二度弾いて軌道を修正し、殺人鬼の元へと返してやった。ナイフは、咄嗟に殺人鬼が盾にした一際小さな女の子の死体に勢い良く突き刺さった。シュッ、ピンピン、ザクッのリズムだ。


「隠されていた殺気から格上だとは思っていましたが、これ程とは……」


学ランを着た殺人鬼は、何やら呆然とした様子だった。


「ねぇ、殺人鬼くん」


私は、そんな彼にこう尋ねた。


「君は、何で殺人鬼なんかやってるの?」


「そんなの、決まってるじゃないですか」


彼は宣言する。


「僕が、殺人鬼だからですよ」


私は貶す。


「ねぇ、分かってるでしょ? 殺人は、いけない事なんだよ?」


彼は答える。


「だから、何だと言うのですか。何故、僕らはそんな理由で、理不尽に縛られなければならないのですか。僕の存在意義は、人を殺す事だけです。また新たな人を血祭りに上げる為に、僕は生かされているのです。全身を巡る血液が、殺せ殺せと脈を打つのです。それなのに、僕はそんなたった一つの存在意義さえ奪われてしまうのなら、何を為して生きていけばよいと言うのですか」


私は応じる。


「そんなの、私が知る訳ない。君が自分でやらないと分からないでしょ? 殺人鬼である事以外に存在意義を見つけられないなんて、それはそうやって自分の存在を縛ってるからじゃん。君がどう思おうと、人殺しが犯罪である事に変わりはないんだし?」


彼は嗤う。


「貴女がそれを言ってどうしますか。貴女だって殺人鬼じゃないですか。殺人衝動を抑えようとして、結局抑え切れずに突発的に殺人を繰り返すだけの、ただのケダモノじゃないですか。貴女だって分かっているでしょう、殺人衝動は理屈でどうこう出来るようなもんじゃないんです。呪いですよ、呪い。自分では決して解呪出来ない、神から与えられた呪いですよ」


私は唸る。


「まぁ確かに、殺人衝動なんて呪いでしかないよねぇ。でもさぁ、それを理由に殺人鬼である事を正当化していいわけ? それって、ただの逃げじゃない?」


「……さっきから、貴女は何を言っているのですか?」


彼は、呆れたようにそう言った。


「逃げてるのは貴女でしょう? 自分の殺人衝動を無かった事にして、定期的にその殺人衝動を爆発させて不特定の人を殺し、自分はその際にトランス状態になる事で、その時の記憶を無くす。それによって、さも自分は関係ないといった体裁を装う。そんなもの、ただの自己欺瞞ではありませんか。もう一度言いますが、逃げているのは貴女の方なのですよ?」


「でも、私は自分が殺人鬼である事なんかを認めてはいない」


「だから、それが逃げだと言っているんです」


彼は、懸命に言い訳を重ねる私にぴしゃりと言った。


「貴女が認めなくても、貴女が覚えていなくても、貴女が度々殺人を犯しているという事実には変わりない。貴女が殺人衝動を抑え込もうとしても、それが度々爆発して、罪のない人々の命を奪い続けているという事実までは隠せない。どう足掻こうと貴女は、この世界に存在してはならない存在なのですよ」


「そんな事は、分かってる! でも、私は、普通でいたいだけなのに!」


私は、彼の言葉を打ち消すように叫んだ。


「……何であなたはそんなに、自分が普通である事に拘ろうとするのですか?」


彼は、不思議そうに私に尋ねる。


「そんな事、決まってるじゃない」


私は宣言する。


殺人鬼である事を宣言した彼に押し負けるように、堂々と。


「普通である事が、普通だからよ」


「……」


彼は少しの間、何やら考え込んでいるようだった。やがて、徐に手元の死体から心臓を抉り出すと、それをぽーんと上に放り投げ、同時に彼の手から放たれたナイフで、それを壁に縫い付けた。


「僕にはよく、分かりませんけど」


彼はそう、何とも気の抜けた声を発した。


「貴女は殺人鬼であり、殺人鬼という存在は異端である。そして、普通と異端が相容れる事はない。違いますか?」


「違うことは……ないけど……」


「なら、あなたという異端が普通な存在に囲まれたとして、あなたはそれで本当に満足ですか?」


彼の言葉は、的確に私の心を抉って来る。私にとっては軽く拷問だ。だが一体、彼は何のために、こんな質問を繰り返すのだろうか。


「……。でも、私の居場所はそこしかない。みんなが見ている私は本当の私じゃないけれど、それでも私を友達として見てくれる。正直言って、あいつには親愛の情なんて毛ほども持たないけど、それはどこに行っても同じだと思うの。私は、呪われた異端者だから。だから、私が本当の居場所を手に入れられる事はないだろうけど、それでも私は、 自分の居場所が欲しいの」


結局は、そういう事だ。異端者というのは孤独なものである。だが、私はその孤独に耐えられなかった。私は愛されたいのだ。私を愛してくれる仲間がいる、暖かい空間が欲しいのだ。例えそれが偽りの関係に過ぎなくても、そこにいるだけで私の心が虚しさに塗り潰されようとも、私は孤独であるという恐怖から逃れたかった。



ーー私は生まれた時も、赤ん坊の時も、泣もせず笑いもせず、身じろぎ一つしようとしない人形のような状態だったらしい。生理的微笑や赤ん坊に当たり前な様々な反射さえ見られず、異常に思った母が病気に連れて行っても、身体そのものには何の障害も見られず、医者も首を捻るしかなかったらしい。

私はそのまま成長して、2歳になったある日の事。母は、初めて私の笑い声を聞いたらしい。散歩のために公園に出ていた時だった。驚いた母が私に駆け寄って見ると、そこにいたのは、巣から落ちたらしい雀の雛を、小さな手で捻り潰す私の姿だった。

その日から、私は家族の中で完全にいないモノとして扱われるようになった。

小学校に上がってからも、私は孤立したままだった。みんな私を恐れていたのだ。暫くして、私は自身の残虐性が他人を怯えさせているらしい事に気付いたが、もう後の祭りだった。


そして。


月日は流れ、私は小学3年生になっていた。相変わらず孤独に悩まされていた私は、ここで一人の少女と出会った。彼女が転入生としてクラスに初めて来た時、教室は水を打ったように静かになった。彼女は、美しかった。思わず気圧され膝をついてしまうような、鮮烈で異質な美しさを孕んでいた。雪のように白い肌に、光を受け眩しいばかりに輝く透明な髪。長い前髪から覗く双眸は、血のように赤かった。当時の私は知る由もなかったが、彼女はアルビノと呼ばれる人種であった。

そして、彼女、アイちゃんもまた、私の同じように孤立する事となった。一般の人間とはかけ離れた容姿を持つ彼女を、得体の知れないモノとして恐れたのだ。だが彼女もまた、私と同じように自分の居場所を求めていた。彼女は、DVを受けていたのだ。既に母親は彼女達の元から逃げ出し、彼女と父親の二人で暮らしていた。既に、父親によって強引に処女を奪われていた彼女は、家に帰る事を嫌がり、半ばホームレス同然の生活を送っていたのだった。

互いに居場所を求めていた私達が共依存の関係を構築するのに、それ程時間はかからなかった。私は自分の家に彼女を連れ込み、片時も離れる事なく行動を共にした。私は、遂に私の居場所を見つけたのだった。


だが、そんな幸せな日々も永くは続かなかった。彼女は、私の前から突然姿を消した。あとで聞いた話によると、彼女の父親が暴行罪を犯し逮捕され、母親も行方を眩ましている為、彼女の親権を持ち得る者がいなくなり、施設に預けられる事になったとか。ともかく、私はこうして、自分のたった一つの居場所を奪われたのだった。

自分の残虐性が孤立の原因であると考えた私は、自分の残虐性を押し殺し、普通の人間として生きる事を決意した。新たな地へと引っ越した私は、そこで新たな居場所を作り、自分を愛して貰おうとした。私は、アイちゃんの代わりとなる存在を欲したのだ。私はそれなりに大切にされたし、愛されもしたと思う。けれど、私は決して満たされる事は無かった。


普通と異端は相容れない。


私はここに来て漸く、彼女、アイちゃんの存在がどれだけ有難いものだったか理解したのだったーー



そして、現在。



彼は、腕組みをして何やら仕切りに頷いていたが、たっぷりと数分時間を置いた後、こんな返答を返した。


「分かりますよ、それは。僕らみたいな存在は、とても孤独ですから。その身に持つ呪い故に、僕らはこの社会と同化する事が出来ないのです。だからこそ、僕らの祖先はとある組織を創り上げました。孤独に苦しむ殺人鬼達が集い、互いを家族として尊重し合えるような、そんな組織を」


彼は、いきなりそんな爆弾発言をぶちかました。彼の言う事が真実ならば、どうやら殺人鬼達が家族として寄り添う、そんな零崎みたいな組織が存在するらしい。


それはまるで……天国のような話だ。彼らの仲間になれたら、私はもう一度、自分の居場所を見つけ出せるかも知れない。


私の心が、そんな淡い期待で膨らんでゆく。


「僕らはその組織を、『太平地獄』と呼んでおります。洪秀全が建てた『太平天国』のパクリですね。僕だって、太平地獄の一員です。現在、太平地獄には138名の殺人鬼が所属しており、血の繋がりこそありませんが、まるで本物の家族のように、仲睦まじく暮らしております。と言っても、日々抗争は絶えませんが、みんな殺人鬼ですし。それくらいのスパイスがないと、やって行けませんよねぇ? どうです、あなたも我々太平地獄の一員に加わりませんか? 貴女くらいの年代の女子は一人もおりませんし、きっと皆さんも歓迎なさいますよ?」


それは、ずっと自分の居場所を求めて来た私にとって、願ってもない話だった。


私は、これから始まるであろう新たな日々を夢想した。きっと、刺激に満ちた、素晴らしい日々なのだろうなぁと思った。


私の答えはもう決まっている。


「お願い、私も君達の仲間に入れて!」


私がそう言うと、彼は年相応の無邪気な笑みを浮かべた。


「そう来なくっちゃ。では、これから宜しくお願いしますね? お姉様」













太平地獄、と呼ばれる殺人鬼集団に仲間入りする決心をした私を、彼はディナーに誘った。


「この廃屋の二階に、活きのいい少女を捕らえてるんです。僕が見ても惚れ惚れするような、天使みたいな少女でしたよ。見つけたのは昨日なんですけど、何だか殺すのが勿体無くてですねー。こんな感情は初めてです。これが、恋ってやつなんでしょうか?」


彼は、嬉々とした様子でそんな事を話す。


「まぁ、そんな僕の初恋を捧げた相手こそ、貴女を迎えるための夕餉に相応しいと思うんですよねー。どうやって食ってやりましょうか。そのまま噛み付いて踊り食い? それとも、下腹を切り裂いて、僕の貴女、二人っきりの綿流しをしますか?」


彼の美しい顔は、今や抑えきれない愉悦によって、醜悪なまでに歪んでいた。私はそんな彼にちょっと引きながら、こう答えた。


「そんなに先走らないの。その垂れ流しになった先走り汁をさっさと拭き取りなさい。みっともないわよ」


「おっと、失敬」


彼は、三日月型に歪んだ口から漏れた唾液を、慌てて拭き取った。


私は彼の後に続き、薄汚れた急勾配な階段を登っていった。古い階段は、私達2人分の体重を受けて、ギィギィと苦しそうな悲鳴を上げた。この先で待っているであろう彼女に、何と声をかけてやろうか。私の栄養となりなさい? いやいや、そんな言葉じゃまだ甘い。私と一つになりなさい? うーん、何かその言い回しは卑猥だなぁ。もっと気の利いた言葉は無いだろうか。


階段を登り切ると、私達の前を黒く巨大な影が見下ろしていた。それは、私達が来るのを待っていたかのように、突然ボーン、ボーンと荘厳な音を鳴らした。その音のなり終わらないうちに、彼は右手にあった小さな襖を開けた。


中には、手足を縛られた痩せ細った少女が一人、時計の音に怯えるように、ぶるぶると身体を震わせていた。


彼女と目が合う。


彼女の長い前髪から覗く双眸は、血のように赤かった。












「……ユウ、ちゃん?」


彼女は、こわごわといった様子で、そんな言葉を発する。


「……そう、だよ。久しぶり。アイちゃん、だよね……?」


「あぁ……、そう、だよ! ユウちゃん、ユウちゃん、久しぶり! ユウちゃん、ユウちゃん、ユウちゃん、ユウちゃん、ユウちゃん、ユウちゃん、ユウちゃん、ユウちゃん、ユウちゃん、ユウちゃん、ユウちゃん、ユウちゃん、ユウちゃん、ユウちゃん、ユウちゃん、ユウ……むぐっ?!」


私は壊れたように私の名を呼び始めた彼女を強く抱きしめ、彼女の小さな唇を自分のそれで塞いだ。それを待っていたかのように、彼女の舌が私の口蓋を割って、中へと這入って来る。私も負けじと、彼女の奥へと舌を伸ばす。


8年振りに感じた彼女の中は酷く乾いていた。


「何をやっているのです? その子は、貴女の知り合いなのですか?」


ただの殺人鬼は、随分と困惑した様子だった。さもありなん、捕らえていた食料と捕食者である私が、いきなり目の前でディープキスを始めたのだ。この光景で狼狽しない方がおかしい。


……そもそもこの状況がおかしいというツッコミは無しで。


「知り合いというか、片身というか……。さっき、私がずっと居場所を求めてたって言ったじゃない? 本当の所はちょっと違ってね、求めていたのはこの子の代替品だったの。私はかつて、この子という居場所を持っていた。そして、その居場所を失ったからこそ、私は執拗に居場所を求めていたの」


私は胸にごりごりと押し付けられる小さな頭を撫でながら、そう答えた。


「然し、その子は殺人鬼ではない筈……」


「そうだよ? アイちゃんは、中身は普通の女の子だから。普通じゃないのはその外見の方よ、見れば分かると思うけど」


「なら、何故そんな普通の女の子である彼女が、あなたの片身となり得たのです?! 異端は異端、殺人鬼は殺人鬼としか分かり合えない筈ではありませんか!!」


「青い、青いね少年よ。君には人生経験が圧倒的に足りていない。まぁ、最初から殺人鬼集団の中で成長したんなら、仕方ない事かも知れないけどね? 殺人鬼であるか否かなんて、愛の前では何の意味も持たないの。……って言うと、少しカッコつけ過ぎかな? 私達はただ、執拗に、粘着質に自分がとことん依存出来る相手を探していた。そうして、私達は出会い、相利共生の関係を作り上げたんだ。ただ、それだけな話だよ。相手が誰であるかなんて、自分達が何であるかなんて、そんな些細な事は私達にとって何の意味にもなり得ない。私達にあるのは互いの存在だけ。互いさえいれば、他の事なんてどうでもいいんだよ」


「ゆ、歪んでいる……。貴女達は、どうしようもなく歪んでいる……」


「殺人鬼がそれを言うの?」


胸に頭を埋めていたアイちゃんが、何かをねだるように、私の頬をつつきながらこっちを見上げている。私は笑って、姫の願いに答えてやる事にした。勢いよく彼女の唇に吸いつくと、彼女もそれに応えるように、ねちっこく私の唇の裏を舐め回した。私達はそのまま、8年の時を取り戻すように、野獣のように激しくキスを交わした。彼女の口から微かに喘ぎ声が聞こえて来ると、私は耐え切れなくなって彼女を押し倒し、身に纏う薄汚れた服に手を掛け……


……た段階で、漸くただの殺人鬼の存在を思い出し、慌てて吹っ飛びかけていた理性を総動員して、未練がましく彼女の服にしがみついた自分の腕を引っ込めた。危ない危ない、こんなやつにアイちゃんの裸を見せてたまるか。それは私だけの特権だ。


コホン。


私は一つ咳払いをすると、何事も無かったように、呆然と立ち竦んでいたただの殺人鬼に問うた。


「で、この子を太平地獄とやらに連れて行く事は可能なの?」


「……え、……は、はい? え、えと、結論から言えば可能ではありませんです。はい。彼女は殺人鬼ではありませんので」


「あっそ。じゃ、バイバイ」


私はそう短く言うと、ただの殺人鬼に飛びかかり、頸動脈を噛み切るのと同時に、彼の水月を全力で突き上げた。彼はもう用済みだというかぶっちゃけ邪魔だ。後はほっとけば死ぬだろう。私は彼が床に倒れ伏す瞬間を見る前に、アイちゃんの手足を噛みちぎり、ついでに邪魔な衣服も破り捨て、生まれたままの姿になったアイちゃんを強く抱き締めた。折れそうな程細いアイちゃんの体躯は、彼女が今迄歩んで来た苦難の歴史を物語っているようで、私はいたたまれなくなって、より強くその身体を抱き締める。


「もう、絶対、離さないからね」


アイちゃんの耳元でそう囁くと、彼女の小さな体躯がピクンと跳ねた。


「私だって、もう二度と、離れはしないよ。絶対」


掠れながらもしっかりした声で、アイちゃんはそう言ってくれた。


私は貴女で、貴女は私。ユウはアイで、アイはユウ。二人で一つ、一つで全て。


何の価値も意味出せないこの世界の中でも、アイちゃんと一緒なら、私はどんな無理難題だってやり遂げられる気がする。ずっと何処かに忘れていた幸せも、きっと取り戻せる。だって、人生は苦なんかじゃない。本当に全てを委ねられる相手さえいれば、それだけで人は幸せになれる。人間の欲望には限界がない、だから例え束の間の幸せを手に入れても、それが長続きする事はなく、また元の苦しい生活に戻る。とか、全てを捨てて神に仕えよ、さすれば汝は神の国へ召されん。とか、そんな事ばっかり言ってる人達って、きっと将来の伴侶とすべき人物を見つけられなかっただけなんだと思う。


幸せに、下らない理論とか、哲学とか、そんなものを持ち込む必要はない。自分が幸せならいいじゃん、それなのに、何でいちいち幸せに対して理由を求める必要があるの? 個人的なトラウマを正当化しようと捻り出された哲学が学問として広く学ばれ、また、敢えて自分を不幸に陥れ、その対価を存在するかさえ分からぬ神に求めようとする宗教が、聖なるものとして持て囃され、本当、みんなは何を求めてるんだろうなって思う。哲学とか宗教とかって、一見高尚なものであるように見えるけど、私はそんなものはただの現実逃避だと思う。現実逃避にいくら正当性を追求しても、結局現実逃避である事に変わりはないのに。


まぁでも、他人がどうしようがそれは他人の勝手だから。私にはアイちゃんさえいればいいんだ。地面から離れて必死に天に浮き上がろうとしてる連中は、勝手に足掻いてろ、私はあんたらがどうなろうが知ったこっちゃない。私はアイちゃんがいるから幸せだ。それだけが真実だ。だから、隣にアイちゃんがいてくれる限り、私はこれからもずっと、幸せであり続けるだろう。





















そう、思ってもいいよね……?







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