No.65
「合コンか。 どうかな? ちょっと今晩は用事があって忙しいんだよね」
嬉しさによる照れ隠しからか、それとも葛原に対してイニシアティブを握りたいのか、椎名がもったい付ける。
これまで何の用事もなかった椎名に、合コンを蹴ってまでの用事などあろうはずがない。
「それならしょうがないですね。 じゃあ、また次の機会にお誘いします」
えっ? あっさり引き下がる葛原に焦りを感じたのか、ここでチャンスを逃すまいと、恥も外聞もなく食い下がる。
「そ、そう言えば、用事は今日じゃなくて来週だった。 今日は大丈夫だ、合コンに付き合ってあげてもいいよ」
「ありがとうございます。 では、早速俺の部屋で打ち合わせしましょう。 あともう一人も部屋で待ってますから」
椎名の見え透いた強がりなど、策士・葛原に通用するはずがないのだ。
椎名の希薄な人生観如き、たやすく見抜けて当然である。
飴と鞭を使い分け、モテない人間の心理を巧みに操る。 策士・葛原に自然と備わっていた能力なのだ。
策士・葛原、スナイパー・ジミー、デブ椎名、ライフスタイルも文化圏もバラバラな三人が、合コンという名目の元、105号室に集結した。
何も知らずに葛原の部屋に上がり込んだ椎名は、心臓を鷲掴みにされた。
そこには妄想世界で、いつも椎名を痛め付けている虐待者・スナイパーがいたのだ。
もう一人って、こいつだったのか。
「ど、どうも。 おはようごさいます」
おずおずと頭を下げる。
「ああ、椎名さんでしたっけ? 今日はよろしくお願いしますよ」
スナイパーの横柄な態度に萎縮した椎名は、部屋の隅に腰掛けた。
「では今夜のための作戦会議をしましょう。 と、その前に、飲み物がなかったんだ。 何か買って来ますけど、お二人は何がいいですか?」
「セブンアップ」
「あ、じゃあ、僕はコーラでいいや」
「分かりました。 ちょっと行って来ますので、会議はその後にしましょう」
部屋の主、葛原が出て行き、スナイパーと椎名が取り残された。
「・・・・」
「・・・・」
お互い黙っているせいか、葛原が出て行って3分と経っていないのに、椎名には3年にも感じられた。
「あ、あの」椎名は萎縮しながら口を開く。
「何か?」スナイパーは相変わらずの横柄ぶりである。
「あの、この前貸したシティーハンターのDVD返してもらえませんか?」
「DVD? さあ、何の事やら、そんな物借りた覚えはありませんが」