No.62
「何なんだよ、あのクソ女は!」
美香に反論する間もなく扉を閉められたスナイパーは、悪態をつきながら葛原の元へ戻った。
スナイパーの不様な姿を見た葛原は、笑いを堪えようと必死だった。 今、この空間で必要なのは忍耐力であるといえよう。
スナイパーがピンチになればなるほど、爆笑度は加速度的に増した。
くっ、駄目だ! ここで笑う訳にはいかない。
策士・葛原はスナイパーと交流を深めていく内に、笑いを一切表に出さない技法を編み出した。
それは笑いとは対局に位置する表情、悲みに暮れる表情を纏うことだったのだ。
「大輔、そんな悲しい顔するなよ。 心配してくれるのは嬉しいけど、俺も余計落ち込んじゃうだろう」
何を勘違いしているのか、葛原も共にスナイパーの悩みを共有していると思い込んでいた。
相手はあの策士・葛原である。 スナイパーの悩みなど一切意に介さず、ただ自身が楽しめればそれでいいだけなのだ。
「つくづく思うけど、女の人って怖いですね。 俺もあんなこと言われたら、たじたじですよ。 さすがは美香さんですね」
何とか口が利けるまでに回復した葛原が同情の意を示す。
「そうだろ。 全部あのクソ女が悪いのに、いつの間にか俺の方が悪者扱いだよ。 理不尽にも程があるよな」
暴君・美香に理屈を当てはめること自体、無謀な試みなのだ。
「今日は、そんなジミーさんにいいお話があるんですよ」
「今の俺にどんないい話があるんだよ? あのクソ女がこの世から居なくなるとか?」
愚かなスナイパーは、ありもしない願望を葛原にぶつけることで、現実から逃避しようとしていたのだ。
スナイパーが妄想世界で全力を挙げ、デブ椎名から護り続けてきた女に対する末路がこれである。
「そんな消極的なことじゃないですよ。 ジミーさん、明日の夜は何か予定入ってました?」
「うーん、どうだろうな? 多分何もなかったと思うけど、また無銭飲食でもやるのか?」
かっぱ寿司で無銭飲食の味を占めて以来、度々二人でその愚行を繰り返していたのだ。 ニュースにこそなりはしないが、捕まるのは時間の問題である。
「いやいや、もっといいことですよ。 明日の夜に三対三で合コンやるんですけど、そのお誘いに来ました」