No.59
「美香さん、すごいじゃないか! あたい達のダンスをもうマスターしてるなんて!」静江が媚びへつらう。
「ふふっ、こんなの当然よ」
美香は似非ダンスチームが3ヶ月も掛け、苦心の末、編み出された振り付けをわずか3日でやってのけたのだ。
彼女達のダンスはセオリー外のモーションを強いられる為、通常は不可能とされていたのであるが、美香は不可能を可能とし、そして驚異的なスピードでそのスキルを吸収していた。
美香はダンスの回転による眩暈と嘔吐感に対応できず、三半規管の麻痺という洗礼に苛まれていたのである。
「美香さん、ほんとにすごいです! ほんのちょっとの期間なのに、テンポもバッチリ合ってる」絹江がおずおずと褒めそやす。
「これくらい大したことないわよ」
「これは天性そのものね。 神は二物を与えずって言うけど、それは大きな間違いだったみたいだわ。 美香さんはダンスも上手いし、何よりきれいだわ」琴江が手放しで称賛する。
「相変わらず口が上手いのね、琴江ちゃん。 でもそのことには薄々感付いてたけどね」
琴江の美辞麗句に、美香は増長し切っていた。
「美香ちゃん、練習終わったらマック食べに行こうよ! アップルパイ食べたい」
道江は相変わらず、食べ物以外に興味を示さない。
「ふふっ、ほんとにあんたは食べることばっかなんだから。 夜遊びは駄目よ、子どもは帰って寝なさい」
大して年が離れていない者へ、尊大な態度で諭して聞かせる。
「えー、あたし達もう立派な大人だよ」
皆が、美香を持て囃すのには理由があった。
美香が頭を強打し、気絶したのを死んだと思い込んだメンバーは、死体をビルの屋上から落下させ、自殺に見せかけようとした、いわゆる「木嶋美香死体遺棄計画」の全貌を知られるのが不安だったのだ。
計画殺人は、少年法の範疇を大きく超えるものである。
卑怯者の静江は、美香を焚き付けた張本人とし、媚びへつらうことで少しでも量刑を減刑してもらう。 それと同時に、譲り渡したリーダーの座を奪回しようとしたいが為に。
臆病者の絹江は、美香殺害未遂の罪で捕まりたくないが為に。
残虐非道の琴江は、万が一殺人未遂の首謀者として告訴されたとしても、情状酌量の余地を勝ち取る為に。
そして、大食漢の道江は共謀者として服役したら、好きな食べ物を食べられないからであった。
腹に黒い物を、一物も二物も隠し持った者同士の戯れであった。