No.52
「それは大変な目に遭いましたね」さほどの同情心も覗かせずに、葛原が憐れみの言葉を述べた。
それを同意と捉え、気を良くしたスナイパーは、先日美香から受けた仕打ちの説明により一層熱が入った。
騒音がうるさいと注意しに行ったこと、それを夜中に来るのは非常識だと斬って返されたことを、事細かに言って聞かせた。
葛原を味方に引き入れたと思い込んだスナイパーの説明がクライマックスを迎えるに連れ、声のボリュームもそれに比例するかの如く大きくなっていった。
「あれから毎晩足踏みが続いてるんだ。 このままだと、いつか天井が落ちてくるんじゃないか不安になってくるんだよ!」天井を指差しながら葛原に訴える。
二階の美香の部屋からは物音一つしない。 夜中の宴のために体力を温存しているのだろう、まるで嵐の前のような静けさである。
策士・葛原は、今笑いを堪えることに全神経を集中させていた。
スナイパーの女々しいまでの説明もさることながら、ここの天井が崩れ、スナイパーが情けない悲鳴を上げながら潰れる場面を想像してしまったのだ。
これを笑わずして、何を笑えと言うのだろう。
「ピンポーン!」誰だろうか?
スナイパーの部屋には引っ越して来て以来、葛原以外に訪問してきた者はいなかった。
もしかして、警察関係者かっ!?
銃に手を這わせ、恐る恐る対応に出る。
「・・・どちら様でしょうか?」
「こんばんは、101号室の木嶋です」噂の張本人、美香だった。
なんだあのクソ女か。 驚かせやがって、何の用なんだ? もしかして、この間のことを謝りに来たのか? そう言うことなら、今回だけは大目に見てやるかな。
非礼を詫びに来たと思い込んだスナイパーは、尊大な態度で扉を開けた。
「はい、なんでしょうか?」余裕の表情を漂わせながら対応する。
「ちょっと、なんでしょうかじゃないでしょ! さっきから騒いでばかりで、いい加減にしてくれませんかっ! この間も人の部屋の前にずっと立って大声出して、ストーカーまがいなことは一切止めて下さいっ」
怒り心頭の美香を前に、スナイパーは何も言えずにいた。
バタン! 話すだけ話した美香は、勢いよく扉を閉めた。
玄関の前に取り残され、呆然と佇むスナイパー、必死に笑いを堪える葛原。
取り付くしまがないとはこのことである。 サイコパスな一面を持つ、木嶋 美香であった。