No.40
「はい、これで以上です。 今度のはちょっとレベルが高いけど、ジミーさんなら必ず着こなせるはずです」
デザイナーである葛原によって「アキバコレクション」のファッションショーは、有終の美を飾ろうとしていた。
店内の観客である従業員も客も、トップモデルであるスナイパーの見事な着こなしぶりに魅入っていた。
もしスナイパーがこのアキバ系ファッションを「オタク」という、極めて弱い立場に追いやられている特殊な人種が好んで着用していることを知ったら激怒していただろう。 しかし日本文化に乏しく、オシャレに免疫がないスナイパーには、到底理解できようはずもない。
「確かにこれは今までとは次元が違うデザインだ。 さすがは大輔、俺を成長させるために、あえてこの一着を選んだんだろう?」
鏡越しに葛原を見やり、不適な笑みを浮かべる。
「すべて見抜かれてましたか。 そうです、世界は新たなジミーさんの姿を見たがっているんです。 これは厳しい決断かもしれないけど、あなたならきっとやってくれると信じてます」
「ふっ、このドSが!」
スナイパーが勢い良くカーテンを閉めた拍子に、反動で半分ほどまた開いた。
スナイパーと葛原のやり取りに、今や観客達は笑うこと以外に何も出来ずにいた。
そして、スナイパーは半分ほど露出している試着室で、衆人環視の的になっていることにも気が付かず、順調に変貌を遂げていた。
一方、葛原はスナイパーを追い込んだことによる自責の念に駆られ、必死に成功を祈っている。
この二人はボルテージが臨界点を超えたため、正常な判断が狂わされており、アキバ系ファッションで業界の頂点で活躍しているトップモデルと、トップデザイナーとして同時に妄想世界に入り浸っているのだ。
あのバカも無理な注文ばかり押し付けてきやがるな! だが、この俺を出し抜いて、こうも見事にあのバカの服を着こなせる奴はいないだろう!
「どうだ・・・ 大輔。 やはり・・・ この俺がナンバーワンだろっ」
たかが服を着ただけで、憔悴き切っていた。
「おお! こんなに見事に着こなせるなんて、あなたの伝説がまた一つ刻まれましたよ、ジミーさん!」
始めに着たチェックシャツを、パンツの中に入れただけなのだ。
これでスナイパーは、秋葉原界隈を我が物顔で闊歩している「オタク」のスタイルを見事なまでに網羅した。