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伝説のスナイパー  作者: まこと
34/162

No.34

椎名を痛め付けられるという大義名分を得たスナイパーのボルテージがさらに昂まり、今まさに最高潮を迎えようとしていた。 葛原のピンチを利用せずとも、椎名を殴れるだけで昂揚感を得たのだ。 そして、葛原は完全にお払い箱となった。

再び饗宴の始まりである。

べチィッ! バチィッ! 情けなく横たわる椎名に、二度三度と平手打ちを喰らわせる。「ぴぎゅっ」たるんだ頬が波打ち、スナイパーの手痕がしっかりと刻印された。

「このブタヤロー! 美香に何しようとしたんだ!?」

椎名の頬が膨れ上がり、口を利くことすらままならない。

答えぬ椎名の股間に蹴りを入れた!

「きゅっ」何とも滑稽な表情をした椎名を見て、爆笑している美香に気を良くしたスナイパーは再び暴行を加える。

もうここまで来たら、大義名分や動機などはどうでもよく、ただ椎名を痛め付けたいだけなのだ。

椎名の不幸は、スナイパーが同じアパートに引っ越してきた事、そのスナイパーにアニメDVDを貸した事、そして恋人のフィギュア「胡蝶蘭」に「美香」と名付け、添い寝した事にあった。 全ては起こるべくして起こった事象と言えよう。

とうとう弱者を虐げる時代が、この下町アパートにもやってきたのだ。

スナイパーの攻撃は常人でも一、二発であの世逝きだが、せっかくの嗜好品である椎名に死なれないよう急所をずらしていたぶっていた。

すっかり満足したスナイパーの元に、思い込み世界によって具現化された美香が駆け寄り、スナイパーに抱きついた拍子にコートのポケットの膨らみに気付いた。

「ちょっと、何よこれ!?」

椎名の恋人コレクションから気に入ったフィギュア「きゑ」を入れておいたのが見つかったのだ。

「ジミー! あたしのことを助けずに、フィギュアくすねてどうすんのよ!」

「違うんだ美香! こっ、これは誤解なんだっ!」

美香がスナイパーを追い回しながら椎名の部屋を出て行き、いつもの展開で幕を閉じた。

葛原の部屋に戻ったときには、妄想世界から現実へと引き戻されるだろう。


106号室に残されたのは、無惨に散っていったポリ塩化ビニル製の恋人達、自らの暗い青春を払拭するかのように貪り観ていた美少女アニメDVDの成れの果て、そしてスナイパーの思い込みによっていたぶられ、全てを失った血だるまの椎名だった。

この男も次第に覚醒し、全ては妄想世界での出来事だと解釈するだろう。

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