No.32
バキバキベキィッ! 椎名の下で、何とも形容し難いフィギュア達の悲鳴が部屋中に響いた。 「ぐえぇ~っ!」暗い青春を共に過ごしてきた「恋人達」の上で腹部の痛みにのたうち回り、その度に無機質な悲鳴が響いた。
「ぎゅ~っ!」椎名の体に「恋人達」の髪や衣服、破片といった突起物が襲いかかり血だるまになった。
今まで妄想世界で、椎名を幾度となく暴力者の脅威の前に晒されながらも、護ってきた「守護神達」が無惨に命を散らされたことに対する怨みであるかのようであった。
「ああ、しずゑ! たけ! きぬゑ! かよ! とめ! さとーっ!」下敷きになり無惨な姿になった「恋人達」の名前を叫んだ。 まだ余裕があるようだ。
この部屋には約200体のフィギュアが現存するが、椎名にとってはポリ塩化ビニル製の人形などではなく、すべて命が吹き込まれた、まさに「恋人達」そのものなのだ。
スナイパーは、その恋人「きよ」を掴んで椎名目がけて投げつけた。
バキャッ! ストライク! 顔面に小気味いい音を立て散った。
「ぎゃおっ」破片が突き刺さり、血が飛び散る。 大リーガー顔負けの強肩である。
さらに椎名の恋人を掴んでは次々投げ付ける。
とき!うめ!たつ!とよ!さよ!
「ぎょぉーっ」
気に入ったフィギュアはコートのポケットに入れた。
そしてまた投球開始! 全弾ストライク! この死の野球にゲームセットはないのだ。
椎名の体には、恋人達の破片が万遍なく突き刺さっている。
「・・・さとっ」
そして、思い込みによって具現化された美香を見る。 口をテープで塞がれてるが、目がもっとやれと促している。
「分かったぜ、美香」
横を見ると、DVDラックが目に付いた。 全て美少女を主役にしたアニメばかりである。
「この変態ブタ野郎! こんなアホみたいなアニメばかり見やがって!」そのアホみたいなアニメコレクションから、シティーハンターを借りたことはすっかり忘れているのだ。
今度はDVDを次々投げ始めた。
「害虫駆嬢とめ」「極楽病棟とき」「田植え少女たつ」「だんご屋のきぬゑさん」
「みぎゅーっ」椎名に出来ることは、情けない悲鳴を上げることだけである。
椎名は最早虫の息である。
部屋中フィギュアの破片と壊れたDVDが散乱している。
人の部屋へ不法侵入し、暴行を加え、部屋を荒らし、器物損壊までしても、自身には一切非がないと思っている。