No.3
何を言ってるんだ、こいつ!?
室内が一斉に静まり返った。 スナイパーの白々しいまでの嘘に誰も口を利けずにいた。
「オ、オモチャ? オモチャにしてはずいぶん精巧に造られてますね。 まるで本物みたいじゃないですか」
立て直しに成功し、真っ先に口を開いたのは管理官であった。
「モデルガンだから、精巧に造られてて当然です」
「ま、まあ、いいでしょう。 そこにお掛け下さい。 では、パスポートを見せていただけますか? 」
「どうぞ」パスポートを手渡す。
「ええと、名前がスナイパー・ジミー・・・な、なんだこれ!?」
「私の名前です」
「それは言われなくても分かります。 随分挑発的な名前なんですね。 このパスポートもオモチャですか?」
「オモチャのパスポートで旅行なんて出来るはずありませんよ。 それは正真正銘、本物のパスポートです」
「日本に来た目的は何ですか?」
「新しい自分を探しにきました」
バンッ! ビクッ! 管理官が机を叩く音にスナイパーが反応する。 怒りでわなわなと唇が震えている。
「うそつけ! どこの世界に自分探しの旅に拳銃持って歩く奴がいるんだ!」
相変わらずの無表情だが、スナイパーの心情は今計り知れないくらいまでの恐慌に晒されていた。 今までこの言い訳で、幾多のゲートを潜ってきたのだ。 鉄壁の言い訳も日本という異国の地では、通用しなかったようである。
「俺も三十年近くこの仕事をしているが、お前ほど分かりやすい奴は今まで見たことないぞ! 夏でも汚いコートを着込み、飛行機にまで拳銃を持ち込む。 おまけに名前がスナイパーじゃ、自分が殺し屋だと明かしてるようなものじゃないか!」
日本に来ていきなり核心を突かれ、スナイパーの心臓は早鐘を打ったかの如くバクバク鳴っていた。
な、なんだこの展開は? 俺、捕まるのか!?
「アメリカはよくこんな奴を出国させたもんだな。 余程審査が甘いのか?」
管理官が脇を向いた瞬間を勝機と捉え、机の上にある拳銃とパスポートを素早く懐にしまった。
まずは一安心。
「私はそんないかがわしい職種に就いた覚えはありませんし、パスポートは本物、拳銃はモデルガンです」
「うそつくな!」
「うそじゃない!」
「うそだ!!」
「ちがう!!」
この不毛なやり取りが、30分にも渡って繰り広げられた。 警備員や検査員は、この問答が永遠に続くのではないのかと半ば真剣に思っていた。
「うそだ」「ちがう」この二つの単語を交互に聞かされると、根本的な意味合いが曖昧になるばかりか、精神にも異常を来たしそうになる。
水滴を一定の間隔を置いて額に垂らす拷問があり、常人でも30分もしないうちに発狂したとの報告例もあるのだ。
二人の視線が拮抗し合う。
今が正念場だ、ここで折れるわけにはいかない。
スナイパーにも管理官にも、それぞれの信念がある。 それを貫き切った者こそが、この勝負を支配する。
「分かった分かった、オモチャ好きの外国人ね。 はいどうぞ行って下さい」 三十年近くに渡り、密入国者や麻薬所持犯と戦ってきた百戦錬磨の管理官であったが、明らかに精神に異常を来たした様子である。 この勝負、スナイパーに軍配が上がったのだ。
「分かってもらえれば何よりです。 それでは失礼」
意気揚々とスナイパーは空港を後にした。 まずは第一関門突破。
ふっ、日本の税関もちょろいもんだぜ。