No.24
「あ! もうこんな時間だ!」
アニメDVDを貸してくれた椎名をヤクザの組長に見立て、銃弾を撃ち込むところで我に返った。
妄想の矛先を美香から椎名に乗り換えたのだ。 美香とは違い、明らかに悪意に熱のこもった徹底振りである。
「ちくしょう! あともうちょっとであのデブ椎名を仕留められるところだったのにっ・・・ 今度はあいつの手足を撃ち抜いて、命乞いさせてからとどめを刺さないとな。 あいつ気持ち悪いから、もっと酷い目に遭わせないと駄目だな」
死に際の所をどうにか無事に切り抜けた椎名は、アニメDVDを貸した外国人に、こんな馬鹿みたいな妄想のターゲットにされてるとは夢にも思っていないはずである。
恩を仇で返すどころか、感謝すらされていないのだ。
身支度を整え、スナイパーが向かった先は幸楽苑であった。
先の象山院襲撃事件が未遂に終わった夜、人生初の敗北を喫したスナイパーは幸楽苑の〝中華そば〟を食べ、その独特な味に出会い、失意のどん底から立ち上がれたのだ。 それからは毎晩幸楽苑に通うのが日課となっていた。
「常に空腹であれ」と言う恩師の教えは最早踏襲されることはなかった。
「今日はちょっと高いけど味噌野菜ラーメンにするかな! デブ椎名を撃ち損ねたから、大盛りはなしだな」
現実と妄想がリンクしていることにすら気付いてないのだ。
幸楽苑に通い、しばらくは中華そばしか食べていなかったのだが、独自に味の開拓を進めているようだ。
「いらっしゃいませ! こんばんは。 お好きな席へどうぞ」
午前1時、いつも通り客はいない。
同じ時間に同じ店の同じ席に腰を下ろす、それも日課となっていた。
今ではすっかり幸楽苑の店員にも「名物」として定着していた。
スナイパーの性質上、敵からの襲撃を恐れ、一度安全な場所を確保できたら河岸を変えないようにしている。
味噌野菜ラーメンをオーダーしたスナイパーは入店する客が来たのを見て、反射的に銃を抜こうとした。
入店してきたのは、なんと妄想世界で美香が演じるヒロインの死んだ兄役、葛原だった。 その葛原を死に追い遣った悪役は椎名であった。
すっかり妄想が定着化しつつある。
「あれ? ジミーさんじゃないですか」
一度死んだ親友が黄泉がえってきた。
なんとも不思議な感情である。 本人はそんな妄想に自身が起用されてるとは、露ほどにも思ってないらしい。