No.23
アパートの住人調査を終えたスナイパーは自室に戻り、アニメを貪るように観ていた。
妄想世界では主人公を自身に、ヒロインを美香に、死んだヒロインの兄を葛原に置き替え、追憶の念に駆られながらも、美女からのボディーガードの依頼を性行為で引き受け、DVDを貸してくれた椎名を悪役に置き替え、新宿の街を縦横無尽に活躍していたのだ。
恩を仇で返すとはこのことである。
本日の住人調査の結果、隣の葛原は「人畜無害」という言葉がピタリと当てはまった。 好青年で常識は備わっているようだが、異性の〝気配〟がまるで感じられなかった。 存在感は薄い方だろう。 それはスナイパーの妄想世界でも言えることで、死んだヒロインの兄という極めて微妙な立場からも窺い知れると言うものだ。
一方、悪役という対局の立場に位置している106号室の椎名は、スナイパーに何をしたと言う訳でもなく、ただジメジメして気持ち悪いと言う理由だけで勝手に悪役に追いやられ、主人公であるスナイパーに都合のいいように正義の鉄槌を下されているのだ。
「あのデブ椎名はどう考えても恋人がいるとは思えないな」人を見かけで判断するのは早計だが、事実なのだ。
椎名は今までの人生で異性と付き合ったことがなく、まともに言葉すら交わせないのだ。 その身代わりをアニメの美少女キャラクターに置き替え、部屋中にポスターを貼り、様々なポージングのフィギュアを飾り、愛の言葉を囁き偏愛していたのだが、一ヶ月前に引っ越してきた木嶋 美香に一目惚れをし、密かに好意を寄せるようになっていたのだ。
そしてその木嶋 美香だが、妄想世界である主人公のパートナーと言う役割の重要度からも分かるように、スナイパーから好意以上の気持ちを寄せられているのだ。
奇しくも意中の相手は椎名と同じであった。妄想世界の主人公と悪役と言う構図が見事に符号したのだ。
「木嶋さんには恋人がいるのかな? いや、もしかしたら、その恋人に命を狙われているのかもしれないな・・・」
妄想世界でのスナイパーは、どんなカードでもオールマイティに使いこなしていた。
美香は故郷である秋田市で闇金融業から借金を抱え、連帯保証人である恋人に全て押し付け東京へ逃げおおせて来た。
スナイパーの目論見はあながち間違いではなかった。
殺伐とした世界に生きる男の勘は、妄想と言う名のフィルターを通しても曇ることはなかったのだ。