No.144
大破したセダンから這い出た能見は、象山院を救出するべく後部座席のドアを開ける。
「さ、先生。 早く行きましょう。 このままだと、あいつに殺されるのは時間の問題です」
「ああ、そんな・・・ 寅美ちゃんにあげるプレゼントが・・・」
「先生、何してるんですかっ! そんな物は放っておいて、急ぎましょう! ここを脱出できれば、いくらでも買えますからっ」
孫の為に厳選したプレゼントに強烈な執着心を抱き、車から離れようとしない象山院に業を煮やした能見は、強引に説得する。
「そんな物とは何だ、そんな物とはっ! これは寅美へのプレゼントなんだぞ! 少しは口を慎まんかっ!」
「阪神タイガースのユニフォームなんかもらっても、誰も喜びやしませんよ。 まして相手は子供でしょう、拒絶されるのが関の山です」
「なんだと! 貴様、ワシのセンスを馬鹿にしとるのかっ! 寅美は虎柄が好きなんだ!」
「阪神タイガースのユニフォームは、虎柄じゃありませんよ」
「う、うるさいっ!」
この土壇場で、論点のずれた会話がひどく滑稽に見える。
「仲間割れは後にしましょう。 今は逃げることが先決です。 それに箱が壊れただけで、中身は無事なはずでしょう」
「そんなもの知っとるわっ!」
怒りに満ちた形相とは裏腹に、セダンから這い出る姿は弱々しい。 最早、そこには老議員の威厳はどこにもなかった。
「あ、あいつら・・・ まだ生きてたのか!?」
猛スピードで樹木に激突し、セダンが大破したのだ、死なぬまでも無事では済むまいと思い込んでいたスナイパーが、セダンから這い出る二人に意識を奪われていた。
「ちっ、逃がすかよ!」
機を逸したが、手負いの獲物に追い付くのは容易である。
スナイパーの超人的な脚力がアスファルトを蹴り、世界記録を塗り替えるダッシュを実現させ、二人を捉える。
ドンッ! その時、側方からの衝撃に視界が揺らぎ転倒した。
な、なんだ? 何が起きたんだ? 何で俺が倒れてるんだっ!?
巨体な影が、スナイパー目がけタックルを喰らわせ、出鼻を挫いたのだ。 思考がこの状況に追い付くまで、数秒を要した。
「誰だっ!」立ち上がるや、不意打ちを受けた突撃者と対峙する。
「伝説のスナイパーって言われてるんだろ? 俺が相手してやるよ」
偉丈夫、壬生の登場である。