No.142
都心から南西へ3キロ、ベッドタウンとして知られる新興住宅地へと続く、唯一の二車線式道路がある。
ここは雑居ビルとアパートが混在しており、都心と住宅街、双方の顔を併せ持つ地域である。
時刻は現在8時18分、車通りが減少し、人通りが途絶えた。
この場所には、娯楽や刺激がなく、欲望を発散させたい者は街へ繰り出し、昼間の激務に疲弊した者は自室へと引きこもるしかない。
そんな寂れた町の一角、雑居ビルの脇にスナイパーの姿があった。
孫の誕生日祝いに赴く象山院を抹殺するべく、ターゲットが事務所を出発したことを確認次第、電車で先回りし、待ち伏せていたのだ。
帰宅ラッシュは過ぎていたが、車内はむせ返る暑さだった。 そんな灼熱地獄に身を灼かれながらも、コートを脱ごうとしないスナイパーは、さながら衆人環視の的であった。
交通アクセスは、何も車だけに限られたものではない、電車と言う選択肢もあるのだ。 しかし、電車内で襲撃されるリスクは、計り知れないものがある。 地上で襲撃されるどころの比ではない。
能見はそれを踏まえた上で、正攻法の移動手段に出たのだろう。 相手の裏をかき、依頼人を危険に晒すリスクは避けたのだ。
だが、電車内だろうが、地上だろうが、スナイパーに狙われたターゲットの生存率は、限りなくゼロに近い。 能見サイドにとっては、絶望的な状況であると言えよう。
もうそろそろか。 スナイパーが都心方面を見やる。
おそらくは、襲撃されるリスクを最小限に留める為、表通りを走行していることだろう。 このまま順調で行けば、あと5分以内にここを通過するはずだ。
「能見、おまえもここがアタックポイントだって知ってるんだろう? あの時の借りを、今夜返してやるよ」
「先生、そろそろです」
「ん? ああ、そうだな。 あと10分ぐらいで着くな」
「違います。 おそらくは、この直線道路で奴が襲ってくるはずです」
「あんだって!? まさか、きゃつが先回りして来たのか?」
「それは分かりません。 ですが、街灯が乏しく人目に付きにくい、これほどの条件を満たしたアタックポイントは他にはないでしょう。 お孫さんの所に着くまで、身を低くしていて下さい」
と、その時、前方から人影が現れ、キセノンライトに照らされた。
「あ、ああ・・・ お、おい! あそこから人が出て来たぞっ!」
「分かってます。 突破します!」