No.133
9月14日。 完全復活を遂げたスナイパーは、今宵能見達との開戦に備え、荷物の始末に追われていた。
元々何もない部屋である、荒涼たる空間にはユニクロで葛原に厳選してもらった大量の衣服と、椎名から借りたままになっている「シティーハンター」のDVDだけであった。 始末するのに半日あれば事足りる。
「冴羽さん。 俺は同業者として、あんたに憧れてたよ。 その反面、いろんな仲間に恵まれているあんたに嫉妬もしてたんだぜ。 ただそんなあんたとも今日でお別れだ。 今夜仕事を終えてから、日本を離れるよ」
無論DVDパッケージのキャラクターは、笑みを浮かべているだけで、何も語りはしない。
端から見れば常軌を逸した言動に思えるが、当人からすれば真剣そのものであった。
「冴羽さん、さよなら・・・」
今生の別れを告げるなり、椎名のDVDを破壊し始めた。
一枚二枚と壊して行くうちに、スナイパーの目には涙が溢れていた。 五枚目に手が届いた時には、号泣へと変わっていった。
無理もない。 スナイパーが単身異国の地へ赴き、知己もいなければ文化圏も違う場所での生活に圧し潰されそうになった時、常に側にいたのが、葛原ではなくこのアニメDVDだったのだ。
観始めた時こそ、主人公に敵意を剥き出しにしていたのだが、次第にそのキャラクター性に惹かれて行き、遂には憧れへと変わっていったのだ。
そしてスナイパーは憧れを超えた。
DVDを全て破壊し尽くした頃には、スナイパーから表情が消えていた。
ピンポーン!
スナイパーの二つ隣の106号室では、椎名が伏していた。
スナイパーによって負わされた背中の傷が痛み、寝返りをうとうものならば、激痛に襲われる。
誰だろう・・・? 今のこの体じゃ出れないから、無視しちゃおうっと。
ドンドンドンッ!
『おい、豚野郎! いるのは分かってるんだぞ! さっさと開けろやっ!』
怒気を含んだ声が扉越しから聞こえた瞬間、椎名に緊張が走った。
「ひいぃ、だ、旦那さま! 少々お待ち下さいっ」
不在を装っていたが、スナイパーにあっさりと看破されていた。
「申し訳ございません、旦那さま」
急いで扉を開けた椎名は、平身低頭でスナイパーを迎える。
「いや、ここでいい。 今日はおまえに返す物がある」
そう言うや、椎名にゴミ袋を手渡した。 無論中身は無惨に破壊されたシティーハンターのDVDである。
「あーっ! 僕のDVDが・・・ 旦那さまっ、何てことをなさるんですか? 今すぐ新しいのを返して下さいよ」
「何だおまえ! 豚の分際で、人間様に楯突こうって言うのかっ!」
べチィッ! 椎名の頬に、平手を喰らわせた。
「ぷごぉーっ!」椎名が前世の記憶を取り戻したのか、獣声を上げ、その場に倒れ込んだ。