No.132
9月13日。 昨夜から降り続いた雨が上がり、照りつける陽射しが今日も街行く民衆を灼き尽くす。
そんな中、下町アパートの室内では薄汚れたコートを纏ったスナイパーが脱水症状に陥り、倒れたまま身動きが取れずにいた。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・ あ、暑い・・・ 暑い・・・」
最早、言葉を発するのも、ままならない状態である。
9月に入ってからも、暑さは依然として衰える事を知らず、都心は真夏日を更新し続けていたのだ。
その状況下でも尚、コートを着ているのだ、脱水症状に陥っても無理はないと言えよう。
今まで俺は、こんなのを着て生活してたのか? 能見達に殺られる前に、暑さに殺られそうだぜ・・・
思考すらまともに働かない。
このままじゃやばいな。 早く脱がないと死んでしまう!
痙攣する腕を持ち上げ、大量の汗を吸収したコートを脱ごうとするが、汗でコートが引っかかり、着脱不可能となっていた。
「くっ、あれ? ぬ、脱げないぞっ! どうなってんだよ、これ! ちくしょう・・・ あーっ、脱げねえよ!」
焦れば焦るほど汗が噴き出し、体内のナトリウムが失われ、全身が痙攣し、余計にコートが体に喰い込むと言う悪循環に繋がる。
だが、その悪循環を断つには、コートを脱ぐ以外に道はないのだ。
み、水! 水が飲みたいっ!
わずか2メートル先にある冷蔵庫が、何百倍もの距離に感じられてくる。
『哀れな姿だな。 水が欲しいんだろ? 何なら手貸してやろうか?』
「の、能見っ! な、何でお前がここに? 俺達の勝負は明日だろ・・・」
強敵・能見の幻覚が眼前に現れた。 とうとう症状が深刻化してきたようである。
『明日まで待てないから、わざわざ出向いてやったんだろう。 それより、どうするんだ? 水が飲みたいんだろう?』
「ああ・・・ す、すまない・・・ そこの冷蔵庫から水を取ってくれると、ありがたいんだが」
いくら緊急性を要するとは言え、敵に哀願するとはプロにあるまじき行為である。
『ふっ、誰が取るかよ! 甘えるのもいい加減にしろ。 ここでお前が死ぬのを見届けてやるよ』
「ちくしょう! 人の弱みに付け込みやがって・・・こうなったら、必ず生きてお前を殺しに行ってやるからなっ!」
スナイパーの裡に、久しく忘れていた感情が芽生えた。 その名は闘志。
生命の危機に瀕したスナイパーのどこにそんな力があるのか、痙攣する体で立ち上がり、冷蔵庫からの水を飲み干した。
伝説のスナイパーここに完全復活である。