No.131
熱帯夜に悩まされる東京に、雨が降り注いだ。
近年、ヒートアイランド現象により、都市部ではゲリラ豪雨が懸念対象に挙げられる事態に陥っていた。 それに反比例して、郊外では雨が一向に降らず、関東地方では連日の猛暑で深刻な水不足に喘いでいた。
果てして、この雨は恵みの雨となるのであろうか。
そんな雨の中を、傘も差さずに失意のスナイパーが街頭もまばらな路地裏を彷徨っていた。
どこをどう歩いたのか、ただ体が赴くがままに任せていた。
「神よ! なぜなのでしょうか・・・ なぜ大輔がポリスメンなのでしょうか・・・ 」
白昼夢にうなされるかのように、信仰心の欠片もないスナイパーが、全知全能の神に、唯一の友の境遇を嘆いていた。
人の命を奪う者と、市井の秩序を守る者。 どちらも相容れぬ存在である事は、疑いようの余地があろうはずもないのは明白である。
そんな二人が互いの素性を知らぬとは言え、懇意にして来た事実は重い。
「あの男とは共に無銭飲食もやりました。 それも数え切れないほどに。 いえ、それだけではありません、未成年者と合コンもしました。 おそらくはまだその女と付き合ってるでしょう。 そんな男がポリスメンであってよいのでしょうか? 神よ、どうかお答え下さい!」
日頃の行いが悪いのだろう、天界からは何の返答もない。
神の存在を大義名分に、葛原との悪事を自白し、あわよくば社会的地位をも剥奪しようと画策していたのだ。
友と同じ地位に立てぬと分かった以上、せめて自身と同じアンダーグラウンドな世界に引きずり込むつもりである。
「そうかい・・・ 分かったよ神様! それがあんたの答えなのかいっ!」
神が黙して語らぬと分かった今、取るべき行動は一つしかない。
日の当たる場所に留まれる最後の頼みの綱である葛原が、警察機構の人間だと分かった以上、再び人を殺すだけの暗く殺伐とした日常に戻る事を決意したのだ。
ずぶ濡れのまま帰宅したスナイパーは、葛原に厳選してもらった衣服を脱ぎ捨てた。
ユニクロでのファッションショーが、何も知らずにいたあの日々がひどく懐かしい。 が、今は感傷に浸っている時ではない。
最早、一生袖を通すことはないだろうと決めていた薄汚れたコートを、ズタ袋から再び取り出した。
血と汗と硝煙の入り混じった匂いが、鼻腔を突く。
そうだ、これだ。 これこそが俺の匂い、これこそが俺の居場所だ。
腑抜け切った生活を送って来たスナイパーの目に、生気が宿り始めた。