No.13
料亭での会合を終えた象山院と、スナイパーが素人だと判断した秘書は、護衛達が待つ公用車に向かっていた。
議員の会合というと、料亭を想像しがちだが、普段は居酒屋を利用している者がほとんどである。 料亭を利用するのは、今夜みたいな月一回の合同会合くらいなものだろう。
「先生、どうぞ」秘書が料亭から借りた傘を差しかける。
「ああ、すまなんだな」
視界が悪いと思ったら、霧雨が降り出していたみたいだ。
よし、今だ! ターゲットも秘書も傘で視界が狭いはず!
ターゲットとの距離はおよそ50メートル。 走る。重力を無視したかのような走りである。
異変を察知した護衛達が駆け寄るも、スナイパーの猛襲に反応が遅れる。
距離にして約20メートル、自身の安全確保とターゲットを仕留めることができる距離である。
ショルダーホルスターから抜銃、ターゲットへ照準を絞る。 時間にして約0.2秒。
トリガーを引く。
カチンッ!
えっ! 不発!?
スナイパーを始め、すべての者が呆気に取られる。 意表を突かれるとはこのことである。
続けざまに残りの四発を撃ち込む。
カチン、カチン、カチン、カチンッ!
全弾不発である。
我に返り、即座に反撃に出たのが、スナイパーが素人だと判断した秘書だった。
腰から抜銃、パンッ! 発砲する。
「うおっ!」
弾丸がスナイパーの頭を掠める!
完全に自分のミスだった。 秘書だと思っていた男も護衛者だったとは!
不利だと悟るや、すぐ逃げる! プロの鉄則だ。
「待てコラぁ! 逃がさねえぞ!」
象山院の前にいる秘書兼、護衛者が追う!
スナイパーの脚の速さは尋常ではなかった。 100メートルを10秒以下で走る健脚の持ち主である。 両者の距離がぐんぐん引き離されていく。
パンッ!
「うおっ!」
今度はスナイパーの肩を掠める!
ちっ、また発砲してきたか!
スナイパーはプロの習性を利用することにした。 コートやカーゴパンツに入っているパンやソーセージを手当たり次第相手に投げつける。
パンッ! ソーセージが爆ぜる!
パンッ! パンが爆ぜる!
プロは、目の前に飛来してくる物体を撃墜せずにはいられないのだ。
最後のソーセージを投げる。
ガシャンッ!
よしっ! 相手も弾切れだな!
と、その時、後ろから車のエンジン音がする。
もしかして・・・ 後ろを振り返ると、象山院のセダンが迫ってきている。
「能美、乗れっ!」後部座席のドアが開き、痩躯の男が乗車を促す。
「滑川! 助かったぜ!」
護衛者の能美と呼ばれる男がセダンに乗り込み、再び逃走開始である。