No.123
9月12日、午後7時43分。 下町アパートの自室で、スナイパーは先日の不可解な出来事を反芻していた。
あの時、なぜ少女は逃げるように、その場を後にしたのか?
他の少女達に理由を尋ねてみてもも、曖昧な返答のみであった。 そして何よりあの服装、あれは日本の高等学校指定の制服ではなかったのだろうか?
日本の文化様式に疎いスナイパーにとって、解明が困難な事案であると言えよう。
全ては本人に確認したいところだが、あの日を境に少女からの連絡が途絶えたままなのだ。
絹江・・・ 何で電話にも出てくれないんだよ・・・ こんなに会いたいのに。 俺はもう前の俺には戻りたくないんだよ!
「きぬえーっ!」堪らず叫ぶ。
ドドドドンッ! 階上から、けたたましい打音が鳴り響く。
『うあーっ! うるさいんだよ、この密入国! あたしの邪魔するなー!』
「ちっ、あのくそ女! これじゃあ、おちおち大声も出せやしないじゃないかよ」
部屋が密集する場所で住民の迷惑も顧みず、大声を上げる行為に問題があるのは当然だが、当人には罪悪感の欠片もないのだ。
暴君・美香が君臨する以上、スナイパーは籠の中の鳥に等しいのである。
ピンポーン!
絹江かっ!? き、絹江! 絹江!
スナイパーの自室に訪問してくる者は、葛原と少女だけに絞られる。
そしてスナイパーは、自身が今もっともコンタクトを取りたがっている人物が訪問して来たのだと、好都合な解釈をしていたのだ。
喜び勇んで狭い玄関に向かったが、ドアノブを握る直前で躊躇した。
なぜ少女だと判断出来る? 警察関係者だとしてもおかしくはないだろう? あるいは、能見が先制攻撃を仕掛けて来たのか?
玄関から攻め入る、相手の意表を突くには意外性があり、極めて効果的な奇襲と言えよう。
今の腑抜けたスナイパーでは、勝算は限りなくゼロに近いだろう。
恐る恐るドアスコープを覗き見る。 自身の祈りが通じたのか、そこには少女が立っていた。
先日の制服から一転、いつもの清楚な服装に落ち着いていた。
はやる気持ちを抑え切れずに、勢いよくドアを開けた。
「絹江ちゃん! 今までどうしてたんだよ? ずっと心配してたんだよ」
少女の安否を心配していたのではない、自身が再びアンダーグラウンドの人間に戻る事を心配していたのだ。