No.112
「そ、それはほんとなのか!? そんな社会的地位が低い連中が、俺みたいな服を着てるのか?」
「ああ、秋葉原に行けば、あんたみたいな格好をした奴等がうようよしてるぞ」
能見に尾行を看破されたばかりか、自身のファッションセンスまで指摘されたスナイパーの胸中たるや如何ばかりであろうか。
くそっ、こいつ人のファッションセンスにケチ付けやがって、一体何様のつもりだ!
だが、これで一つの疑問が解けた。
葛原が『今度は本場秋葉原、その次が世界です』と豪語していたのは、まさしくこの事だったのだ。
お、俺は、あのバカの夢に踊らされてたのか!?
喉元過ぎれば何とやら、本人も大いに乗り気で、アキバ系ファッションを世界に発信すると言う、決して叶わぬ夢を語り合っていたのだが、全責任を葛原に押し付ける事で、自身への怒りを回避した。
と、その時、周りの空気が張り詰めている事に気付くのが一拍遅れたようである。
しまった!
「あんた、今ので確実に二回は死んでたぞ。 いくら休戦とは言え、敵を目の前にして、ボーッとしているなんて随分と余裕があるんだな。 殺気を飛ばしたことにすら気付かなかったのか?」
過去の葛原に怒りをぶつけている間に、能見を前にして間隙を作ってしまったばかりか、殺気を飛ばされた事にすら気付かなかったのだ。
スナイパーは、二ヶ月間にも及ぶ放蕩生活の中で、実戦の勘を見事なまでに失っていた。
通常、人を殺す瞬間は、どんな人間でも筋肉の緊張、脈拍や呼吸の乱れ、いわゆる「殺意」と言うものが生じる。 その殺意が空気の流動により伝播し、殺害対象者に察知される。 これが殺気のメカニズムである。
暗殺者は、この殺気を抑える事に苦心を強いられるが、このように相手を牽制したり、実力度を推し測る時に、敢えて「飛ばし」を行う事もあるのだ。
「あ、いや、俺はもう・・・」
「おいおい、しっかりしてくれよ。 あんた本当にあの時の殺し屋なのか? 日本の平和な生活にどっぷり浸かって、腑抜けてしまったんじゃないのか?」
正しくその通りである。
「だから、俺はもうお前達のボスを殺す気は・・・」
「9月14日。 あんたが象山院を襲撃するのは、おそらくその日だろう。 その日にあいつの孫の誕生日パーティがある。 当日は俺達護衛を伴わず、単独で行動すると言ってたからな。 園山からもそう言われたんだろう?」
全て合っている。 スナイパーの知らぬ所で、園山と象山院が繋がっているかの如く正確無比な情報である。
「そ、園山? 誰だ、そいつは? 聞かない名だな」
前報酬は徴収しても、依頼人の名は決して口に出さない。 プロとしての鉄則である。