No.111
「溝呂木が死んだよ。 顔面陥没の脳挫傷だった」
二人は、後ろ髪を引かれる思いで風俗店を後にし、溢れんばかりの性欲を持て余したままオフィス街の一画にある公園へ場所を移した。
「みぞろぎ? 誰だ、そいつ?」
「あの時、車の助手席からあんたを撃った奴だ」
湿気による銃の不発から、命拾いした象山院を乗せたセダンでスナイパーを追い回し、銃弾雨林の中を逃げ惑い、転倒したスナイパーへ発砲したが、銃弾を躱され逆に死の鉄拳を顔面に喰らった男である。
「ああ、あの時の男か。 それは気の毒なことをしたな」
「いや、別に俺はそのことであんたを責めるつもりはない。 あれは殺し合いだったんだ、この世界に生きる者にとって死は必然だ。 それはあいつも覚悟の上、あんたが気にする必要はないさ」
ここで能見が言葉を切った。
「ただ俺達の護衛は、四人から三人に減ったと言うことだけは知らせておきたくてな」
「ほう、いいのか? そんな自分達が不利になるような情報を提示して」
「ああ、構わないさ。 どうせこの間まで遠巻きに俺達のことを監視してたんだろう?」
な・・・ なにぃ!?
「ふっ、やはり気付いてたのか」
平静を装っているが、図星を突かれたスナイパーの心中は混乱の極みにあった。 任務に失敗し、日本の風土に馴染み、遊び惚けるまでの半月ほどは毎日象山院の動向調査を行っていた。
印象を消すことで民衆に溶け込み、見失わない許容範囲内での追跡。 あれほど完璧な尾行を看破したのは、後にも先にも能見だけだった。
「当然気付くだろう。 今のようなアキバ系ファッションならまだしも、真夏にコートを着ていたら、誰だって振り向くはずだ」
本日のスナイパーの服装は、ダンロップのスニーカー、サイズ感がまるで合っていないチェックシャツをケミカルウォッシュジーンズに入れている。
アキバ系ファッションの王道を、熟知している者にしか出来ないコーディネートである。
「あきば系ファッション?」
「一般市民から虐げられてる人種が、好んで着る服装のことだ」
あ、あのバカ、俺にそんな服を選んでたのか!?
後の祭りである。 知らぬ自分が悪い。
スナイパーが所持している衣服は、全て葛原が厳選した物だった。
ユニクロでのファッションショーが、遠い昔のことのように思えてくる。