No.109
9月10日。 暗殺業を引退してからも、スナイパーの自堕落な生活は変わることはなかった。
午前中は寝て過ごし、午後から都心を散策し、夕方には全く関心のない筋肉の話題で絹江と盛り上がり、夜中に葛原と幸楽苑に行き、他愛もない与太話をしながら中華そばを啜る。 帰宅後は暴君・美香からの似非ダンスの洗礼を受けながらベッドへ潜り込み、ダンス終了後に眠りに就く。
そして暴君・美香への溜まりに溜まった鬱屈を、人生の落伍者であるデブ椎名へとぶつけ、股間を蹴り上げる。
これがかつて、伝説のスナイパーと謳われた男のワンデイサイクルである。
「昨日は渋谷に行ったから、今日は大人チックな歌舞伎町辺りにでも行ってみるか!」
本日のスナイパーの予定は、日本の魔都・歌舞伎町へと散策が決まったようだ。
通常、その地に生活の根を生やすのであれば定職に就くのが当然であるが、当の本人には全く働く気がないのだ。
それもそのはず、スナイパーには今まで「殺し」以外の労働経験がなかった。
労働経験がない密入国者と思しき外国人を雇い入れる者など、どこの世界にも存在するはずがない。
そんな社会不適合者であるスナイパーの口座には、今まで依頼人から受け取った成功報酬が眠っている。
気になるその預金額だが、サラリーマンの生涯年収の約十五倍、額にしておよそ、四十億にも上る莫大な金額となっていたのである。
もちろんその中には、園山から「授業料」として徴収した前報酬も含まれている。
一人の男が殺人と言う狂気の沙汰に半生を費やし手に入れた金である、遊び惚けて暮らしても、十分に余りある財産と言えよう。
市井の愚民共には、一生お目にかかれない金額である。
魔都・歌舞伎町。 東洋一の歓楽街としても有名だが、昼日中の歌舞伎町は欲望渦巻く側面を見せることなく、どこか気怠さを漂わせていた。 それは街行く民衆とて例外ではなかった。
風俗店がこんなにあるのかよっ! そういえば、日本に来てから全然女を抱いてないから、絹江と会う前にどこか入るか。 アジアの女を抱いてみるのも悪くないかもしれないな。
少女と逢瀬の前に性処理を済ませる、何とも無駄のないサイクルである。
偶然、目に止まった看板の店舗へ入ろうと、扉へ手を伸ばした。 と、同時にもう一人の男も扉に手を伸ばした。
「!」その男と目が合った刹那、脳内では緊急事態警報が発令された。
能見・・・!
国会議員・象山院 寅太郎の護衛者である。
お互い抜銃の構えから懐に右手をやるが、スナイパーがコンマ一秒遅かったようだ。
しかし、双方とも銃を所持していなかった為、スナイパーは命拾いをした。