No.100
初めて恋人が、自身の為に作ってくれた手料理が目の前にある。
言葉に出来ぬ多幸感が全身に溢れ、少しでも口を開けば嗚咽が漏れてしまいそうだった。
「さ、遠慮しないで食べて下さいね」
絹江が笑顔で促す。
「ん、ああ」
スナイパーも言葉少な気に頷く。
じゃがいもに箸を刺し口に運ぶ。
シャリ! じゃがいもがまだ半煮えであった。 そんな未加熱処理の料理を、振る舞われたスナイパーの胸中たるや如何許りか。
う、うまい。 なんて優しい味なんだ。
未加熱処理状態の料理に言及することすら、無粋な行為に思えてくる。
「美味しいですか?」
スナイパーを不安気に見つめる。
「うん・・・」
鼻を啜り、半煮えのじゃがいもを口に運ぶ。
「よかった。 あたし、最近になってお母さんから料理を習ったんです」
「うん・・・」
次第に嗚咽へと変わり、テーブルに涙が零れ落ちる。
「うまい・・・ うまいよ・・・」
絹江は泣きながら肉じゃがを食べるスナイパーの姿を見ても何も問いかけず、ただ笑顔で見守っている。
この味だけは絶対忘れちゃ駄目だ。 殺人者としての自分に戻り、寂しくてどうしようもない時は、またこの味を思い出せばいい。 こんなこともう二度とないんだ、一生分の幸せを早く食べないと。
この瞬間を忘れないように、この味を忘れないように、目の前の少女を忘れないように、必死に肉じゃがを口に運ぶ。
少女が作った、たった一度の付け焼き刃に等しい料理を、一生分の幸せと評する。 暗殺とはそれほどにまでに人の心を蝕む世界なのだ。
今やスナイパーは料理にすら手を付けず、ただむせび泣くだけだった。
スナイパーが長年渇望してきた夢の暮らしが今叶ったのだ、涙を流しても誰も責めようはずがない。
「絹江ちゃん、ありがとう。 俺、今日のことは絶対忘れないよ」
止めどなく流れる涙を拭いながら、夢を叶えてくれた絹江に謝辞を述べる。
「ううん、気にしないで。 ジミーさんが望むのなら、食事くらい毎日でも作りに来ますからね」
「ありがとう。 俺、こんな暮らしにずっと憧れてたんだ・・・ 夢が叶ってうれしいよ・・・」
スナイパーは、少女の目をはばかることなく顔を覆い泣きじゃくった 。
神から許されし、一生に一度きりの蜜月の瞬間であった。