No.1
アメリカに超一流のスナイパーがいた。請け負った依頼は全て遂行させてきた伝説級の男である。
アメリカ・ロサンゼルス。 温帯の地中海性気候で年中暖かく、湿気が少ない。 伝説と謳われたスナイパーの拠点である。
6月18日、スナイパーのもとに日本から殺害の依頼がきた。 依頼人である園山 俊幸が指定した場所は、ホテルのロビーだった。
通常、こういった特殊な「依頼」は人目につかない場所を指定するのがベターなのだが、万が一危害を加えられた時のことを想定してここを選んだのである。
ややあって園山のもとに薄汚れたコートを着た三十代と思しき無表情な男が現れた。
真夏なのにコート・・・ そして一目で堅気ではないある種独特な雰囲気を漂わせていた。
ロビーにいる人々の視線がコートの男に釘付けとなった。 大衆の考えていることは、園山と大差はないはずである。
園山は、人目につく場所が却って裏目に出たことを悟ったのだ。
「あ、あの、初めまして、園山と申します。 日本で国会議員を務めております」
たどたどしい英語で身分を明かす。
「スナイパー・ジミーだ。 早速要件を聞かせてもらおうか」
流暢な日本語がスナイパーの口から発せられ、園山は衝撃を受けた。
「余計な世間話は無用と言うことですね。 分かりました。 では単刀直入に言いましょう、実はこの男を殺害してほしいのです」園山が写真を差し出す。
そこには醜く老いぼれた男が写っていた。
「象山院 寅太郎。政界の中堅議員で、私のスキャンダルを握る男です。 もしこのことが世間に知れ渡ったら、私の政治生命はその時点で終わりを迎えます」
「それはどんなスキャンダルなんだ?」
「都合の良いこととは思いますが、そこはお察しいただけないでしょうか」
「まあいい。 動機を聞いたところで正直に話すとも限らないし、仕事に支障を来たす訳でもないからな。 分かった、この依頼引き受けよう」
「ありがとうございます。 では早速来週に日本へ行ってほしいのです。 航空券はここにあります」
「日本・・・よく聞く名前だが、どこにあるんだ?」
えっ! 園山から血の気が引いた・・・
まさに、空いた口が塞がらないとはこのことである。
アメリカの同盟国である日本を知らないとは。 今までどんな暮らしをしてきのだろうかと疑問を抱かざる得ない。
園山は地図で事細かに説明しながら、スナイパーを見やる。 相変わらずの無表情、理解してるのかしてないのかすら分からない。
「だいたいの場所は分かった。 あと報酬の件だが、全額銀行に振り込んでおいてくれればいい」
若き日のスナイパーが報酬を受け取ろうとしたとき、依頼人に裏切られたことがある。 それ以来報酬は全て前払い制にしているのだ。
「あの、一つお聞きしたいことが。 もし万が一失敗するようなことがあったら、前払いした報酬はどうなるんでしょうか?」園山は不安を拭えずにいた。
「余計な心配はしないことだ。俺が失敗するときは死ぬときだと思ってくれればいい」
聞きたいことはそれじゃないんだけどな・・・
論点がズレてることにすら気付いてないのである。
スナイパーは園山のもとを後にした。