さぁ、選択して"折れろ"よ
一週間更新が滞ってしまってすいません。プライベートで色々あって書けない状況でした。ですがそれも解決したので、以前の更新速度で更新できるかと思います。
<岩神タツヤ>
「――ここか」
少女を追って辿り着いたのは先程の場所と目と鼻の裏路地にある一つの小さなビル。
掲げられていた看板は剥がれ、窓もいくつか割れており、暫く使われていないことは明らかだ。
「廃ビルとはまた……」
目の前に立つ廃ビル、その出入り口となる錆びれた鉄扉の前でそれを見上げながら呟く。
この街に限らず、3年前の魔族侵攻によってこのような廃ビルは至る所にある。
街の中心部から少し外れ、人通りが少なくなればあちこちに。
そしてそれは度々、悪事に利用されてしまっているのが現状だ。
本当ならば取り壊すなどして整備した方が良いのだろうが、魔族侵攻の際にビルの持ち主達も被害にあったことで権利が宙に浮いてしまった。
また、国の方針としても修復や新しく建築する方に力を入れており、比較的被害の軽いビルは放置されている。
そうした背景もあり、このように所有者もいなく、国の関心も低い廃ビルは利用するのにはうってつけなのだろう。
「ありきたり、テンプレすぎて欠伸がでちゃいそうです。坊ちゃん、とっとと突っ込んで叩きのめして帰りましょう」
「……サトネはホント怖いもの知らずだよね。罠があるとか考えないの?」
隣に立つサトネのあまりにも適当な様子に思わず呆れる。
「大丈夫ですよ、あの特災を使役していた『使役師』もさっきまであそこにいたはずですから。流石にここからサトネ達を狙うことは不可能……大方、不意打ちを防がれたことで焦って逃げ帰ったのでしょう、自分の特災を見捨てて。となると、相手にも何か準備をする余裕があったとは思えません」
確かに、サトネの言うとおりだろう。
言うとおりだろうが――
「でも、ここは慎重にいこう。相手が何者かわからない以上、油断はするべきじゃない」
しかし、僕はサトネほど強くない。
何が起こるかわからない状況下でのリスクは極力避けたいところだ。
「……坊っちゃんがそう言うならば。ただし――」
「分かってるよ、もちろんサトネに先行してもらうつもりさ」
サトネの言葉を遮り、彼女が言おうとしていた言葉を先回りで口にする。
「分かっているのなら良いのです。……セイヤッ!」
僕の言葉に満足げに頷いたサトネが間髪入れずに前蹴りを放つ。
俗にヤクザキックと呼ばれる足裏で押し込むように放つ蹴りだ。
その蹴りが僕たちの目の前を塞いでいた鉄扉の中央に突き刺さり、扉を留めていた蝶番をバキバキと破壊しながら屋内へと吹き飛ばす。
鉄扉はその重量を感じさせない滞空時間で数メートル飛び、ガラランッと派手な音を立ててコンクリートがむき出しの床へと墜落した。
「ふむ、扉に罠は仕掛けられていなかったようですね」
こじ開けられただだっ広いビル内部に、鉄扉とコンクリート擦れる不快な音が空しく響く。
その様子を観察しつつ、サトネが淡々と呟いた。
「――サトネ、僕は慎重に行こうって言ったんだけど」
「あら坊ちゃん、サトネは至って慎重に行動しましたよ? もしも扉に何か仕掛けられていた場合を考えてみてください。ノブに電流が流れていたり、開いた瞬間に作動する爆薬が仕掛けられていたらどうします。こういうのは正攻法で攻めちゃいけないんですよ、相手の予想を裏切るようなやり方が一番安全で慎重な対応なんです」
「……そっか、まぁ結果として何もなかったみたいだから良いけどね」
ポッカリと開いてしまった入り口をサトネに続いて潜り、ビル内部へと足を踏み入れる。
そこは外からチラッと見えたとおりにコンクリートの土台がむき出しになっていた。
中を仕切る壁もなく、あるのはビルの外壁の内側となっている四方の壁だけ。
視界を遮るのは何本か等間隔に床から天井に向かって生えているコンクリートの柱だけだ。
だだっ広いだけの普通のビルの様だ。罠を仕掛ける場所も、隠れる場所も少ない。
そんな風に周りを観察していた時――
「ようこそ、岩神タツヤ。会いたかったぜぇ」
唐突に声が投げかけられる。
瞬時にサトネが僕を庇うように前に立ち、声のした方向へと鋭く視線を向けた。
「おぉ怖い怖い、そこのメイドも相変わらずなようだな」
そんな軽口を口にしながら、何本か立っていた柱のうちの1つから男が姿を現す。
薄汚れたジーパンとトレーナーを身に着けた痩せぎすな男だ。
けれどもその瞳だけは痩せこけた骨と皮ばかりの顔の中で唯一ギラギラと不気味な光を放っている。
汚れた格好とその瞳の獰猛な輝きで、どことなく野良犬が連想された。
だが何より驚いたのは、僕はこの男のことを知っていたことだ。
「……久しぶりだね、坂上マサキ」
その男の目をまっすぐ見つめ、名を呼ぶ。
「おやおやおや、これは驚いた。俺なんかをお前さんの様な一流の能力者が覚えてるとは思わなかったぜ」
「忘れるわけないだろ。君は――あまりにも"特災"を殺し過ぎた。僕と同じその『使役』を使って飼い殺し続けた」
思い出すだけでも怒りに頭が支配されそうになる。
目の前の男に無理矢理使われ、望まぬ悪事に利用され、そして――使い捨てられた"特災"達。
過去に特災を使役して数々の犯罪を行い、僕が逮捕に協力した特殊犯罪者。
それが坂上マサキという人間だ。
「『僕にあの時もっと力があれば助けられた』『あの時こうしておけば良かった』そんな風に考えない日は無いよ。僕にとって君の起こした事件は最大の後悔だ」
「へぇ~なるほどなるほど。嬉しいぜお前が覚えててくれてよ。俺のことをブタ箱にぶち込んでくれたお前のこと、俺も忘れた日は無かったぜ」
「そうかい……でもおかしいな、僕の記憶だとあと数十年は君は外に出てこれないはずなんだけど」
「あんな所にいられるか。俺はお前に復讐しなきゃ気が済まねぇんだよ、牢屋の中でもお前をどうやって殺そうかってことだけ考えてたんだぜ? そして今こうやってお前の前に立ってるってわけだ、脱獄までしてな」
「それは無駄な時間を過ごしたね、その時間で更生してれば生きている内に外に出られたかもしれないのに。脱獄なんかしたら絶望的じゃないか」
「構わねーな、お前さえ殺せれば俺はそれで――」
ズンッ
しかし、坂上の言葉は突如響いた鈍い音で強引に打ち切られる。
「――先程から黙って聞いていれば……坊っちゃんを殺す?」
先端部分がコンクリートの床に埋まった木刀を力任せに引き抜きながら、サトネの瞳が坂上を見据える。
「ならば何の躊躇いもなく斬ることが出来ますね、この下衆が」
スッと持ち上げられた木刀を坂上へと突きつけるサトネ。
まだ2人の間は5メートル以上離れている。
だが、その程度の距離はサトネにとって何の障害でもなく、一瞬で踏破できるということを僕は知っている。
サトネの殺気が高まっていくのを肌で感じた。
止めなければいけないと思い口を開きかけるが、それよりも早くサトネの殺気がピークを迎える。
サトネがぐっと僅かに腰を落として飛び出そうとする。だが――
「おいおい、人間が"特災"に勝てるわけねーだろ」
それよりも早く坂上が大袈裟に右腕を振り上げる。
戯けたその様子にサトネのタイミングも外されたらしく、先程までの殺気がブレるのがわかった。
そして一瞬とはいえ、坂上の頭上で大きく振り回されるその手に思わず視線が移ってしまう。
「――だからまぁ、俺はこういう手を使わせてもらうぜ」
その一瞬。
柱の陰に隠れていたのを僕たちの注意が外れた隙に引き寄せたのだろうか、坂上は上げていたのとは反対の腕で先程僕たちを襲った特災の少女を捕えていた。
しかもその細い首に腕を回した状態で、だ。
「これでお前は俺に攻撃できない、仕掛けて来たらコイツの首がポキッと折れちまうからな。脅しじゃないぜ、知ってるだろ? 使役師なら契約下の特災に干渉してぶっ殺すことも出来るってよ」
下卑た笑いを浮かべながらそう告げる坂上。
しかし自らの契約特災を殺すなどなんの脅しにもなっていない。
契約特災は武器であり盾だ、それを自ら捨てるということは百害あって一利なし。
坂上にとっては大きな損失であるが、僕たちにとっては痛くも痒くもない……普通ならば。
「サトネ、下がって」
「ですが坊っちゃん――」
「いいから、下がって」
「……わかりました」
前に出て、坂上に切先を向けたままのサトネに命じる。
反論しかけたサトネの言葉を遮って強引に下がらせた。
普通ならばなんの脅しにもならないその脅し。
だが、僕はその脅しに抗うことが出来ない。
そのことをよく知っている坂上だからこそ取り得た方法だろう。
「ぎゃはは! こんな見ず知らずの、俺に使われてるような特災の命がそんなに大事なのかよ!」
坂上の嘲笑が廃ビルに響く。
背後のサトネから並々ならぬ怒りを感じるが、それでも命令に従ってくれている内はまだ大丈夫だろう。
小声でサトネを宥めつつ、坂上へと問いかける。
「で、自分の契約特災を人質にしてまで望むのは"僕の命"でいいのかな?」
「当然だな、他には何もいらねーよ。――けど、その為にはそこのメイドが邪魔なんだよなぁ」
坂上を睨み付けたままのサトネをチラッと眺めつつぼやく坂上。
確かに、もしも僕を殺そうとするならばサトネが黙っているはずはない。
つまり今の状況は硬直状態だ。
僕は少女が人質に取られていて動けず、坂上はサトネの脅威を排除できずに動けない。
そのことがわかっているからこそ僕は冷静でいられたし、この状況を望んでもいた。
この状況は|僕の得意分野≪・・・・・≫だから。
問題はタイミングと先手を取ること。
しかし――
「『まずはどうやって交渉しようか』とか考えてるんだろ?」
思考を走らせている最中、予想外の言葉が坂上から冷水のごとく浴びせられた。
タイミングはずらされ、先手も向こうに盗られてしまったこと、何より思考を読まれたことで僅かに動揺する。
「お前の得意分野だ、少し考えれば誰でもわかるっつーの。特に俺はお前を殺しに来たんだぜ? お前の長所と短所くらい把握してて当然だろ――その上でこの状況になってるんだよ、ひゃひゃひゃ」
それを聞いて、僕は僕自身の迂闊さをようやく自覚した。
ビルに入る前にサトネに慎重にいこうなどと言っておいて、自分は過去に相対したことがある相手だとわかった時点でどこか――"舐めて"いたんだ。
注意は全て坂上に特災が傷つけられないことに向けられ、僕自身が坂上に傷つけられることなど考えてもいなかった。
明らかな油断。
正確に状況を把握できていなかったと言わざるを得ない。
この状況を僕が望んでいたことを相手が予測していたというならば、既に次の手は決まっているはずだ。
どんな手を打ってくるかはわからない、僕は一手も二手も出遅れている。
しかしそれでも、頭を動かし考えなければ好転はありえない。
何とかしてこの状況をひっくり返す。
その為に焦る頭で思考を巡らせていたが――
「でも、わざわざ俺がそれに付き合ってやる必要もねーしな、岩神よぉ」
頭が打開策を導き出すよりも早く坂上の言葉が耳に届く。
「テメー自身でそのメイドを殺せ」
耳に届いたのは予想もしていなかった残酷な要求だった。
「……な……に?」
「聞こえなかったか? そいつを殺せって言ったんだ、契約関係にあるお前なら殺せるだろ」
「馬鹿を言うなッ!」
「――だったら、このガキが死ぬだけだ」
ギリッと少女の首に回された坂上の腕に力が篭り、少女の顔が苦痛に歪む。
「やめろ!」
「だったらメイドを殺せ。二つに一つだ岩神、メイドを助けてガキを見殺しにするか、ガキのために自分のメイドを殺すか」
坂上が僕に示し、要求してきたのはそんな非情な二択。
僕は……僕にはどちらかを選ぶなんて――
そこに至り、ようやく僕は坂上のシナリオが見えた。
「――坂上、お前は僕を……」
「あぁ、そうだよ」
ほんの少し洩らした呟きだけでも坂上には通じたのか、ニヤリと笑いながら肯定する。
「この状況になればお前がどちらかを選ぶことが出来ねーなんて簡単に予想がついた、つまり――」
いったん言葉を切り、少し離れた僕と視線をガッチリ合わせながら
「これは、お前を苦しめて心を"折る"ための状況だ」
心底楽しそうに笑いつつ坂上は言ってのけた。
「――さぁ、選択して"折れろ"よ、岩神タツヤ」
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(次回月曜日~火曜日に更新予定です)




