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その必要はないですよ

遅くなってしまって申し訳ありません

<師里レイ>




「……うわ~」


 ヒトミと岩神君と共に校門に駆け付けた私の口から思わず声が漏れる。

 校門前に出来た大勢の人だかりをかき分け、一番前までたどり着いた私の目の前に広がるのは普段見ることのない――いや、"普通"見ることのない光景。



 校門の外側。生徒たちが遠巻きに見ている中、メイドさんとスーツ姿のバカが真剣に戦っていた。



「そこを退きなさいこのゴミ男!」


「テメーこそとっとと帰って掃除でもしてろ駄メイド!」


「今してるじゃないですか掃除を――この世界のゴミを排除するっていう掃除を!」


「世界のゴミって俺のことか!?」


「他に誰がいるのです? そんなことも分からないとは流石は再利用できない非資源ゴミですこと!」



 メイドさんは丈の長い質素なメイド服を着て、その上からエプロンドレスを付けるという正統派なメイド姿だ。

 アイツやスズさんが良く見ているマンガやアニメに出てくる、ミニスカートだったり胸を強調させてたりする妙に性的なメイド服とは違う、本物のメイド服って感じだ。

 それを着ている人もまた、そのメイド服が似合う顔だちをしている。

 切れ長で理知的な瞳。曇りのない真白な肌。全体的に灰色がかったセミロングの髪は毛先にシャギーがかけられており、刃の様な鋭い印象を与える。

 刃の様に鋭く、洗練された印象のメイドさんだった。

 ……ただし、その手には見た目にそぐわない一本の使い込まれた古めかしい木刀。

 どことなく昭和の不良を彷彿させる。

 校門の前でその木刀を振るい、アイツと熾烈な戦いを見せる。

 明らかに常軌を逸したレベルの戦闘だ。

 まるでメイドさんが3人に分身したかのように高速で打ち込まれる木刀を、アイツは3本とも全て受け流す。

 お返しとばかりに放たれた拳は唸りを上げ、メイドさんが構えた木刀で防がれる。

 衝突と同時に周囲へ突風が吹き荒れる。

 近くにいた生徒たちから短い悲鳴が漏れた。


「ッ! 何してんのよアイツは!?」



「いやいや、アイツを責めるのは酷ってもんだぜレイちゃんよぉ~」



「え?」


 独り言として漏らした舌打ちと呟きに、背後から予想外の返答が投げられる。

 驚きと共に振り返ると、そこには私と同じように杜宮高校女子制服を纏った白髪赤眼の中性的な少年がシシシッというイタズラっ子の様な笑みを浮かべて立っていた。


「アヤさん!」


「よぉ、昨日ぶり」


「どうも……ってそうじゃなくて何ですかその服……ってそうでもなくて! これ一体どうなってるんですか?」


「これか? これは『忍法・木葉隠れ』だ。木葉を隠すなら森の中。学生に紛れるなら制服ってな」


「そっちじゃありません! アイツは一体なにをしてるのかってことです!」


「……ケンカだけど?」


 なんてことないように言ってのけるアヤさんだが――


「あれ、ケンカの域を超えてますよね明らかに」


 私の隣に立つヒトミが指差して言うように、2人の戦いはケンカどころではない。

 いつ周辺に被害が出てもおかしくないレベルだ。

 実際今も2人がやり合ってるせいで校門が通れずに生徒たちが下校することが出来ていないという実害が出ている。


「なんで! 何が原因でメイドさんとガチバトルが起きるんですか!?」


「話せば長くなるんだが、ちょうど校門前でかち合っちゃってよ。運が悪いことに……いや、良いことにかな? まぁそしたらあのメイドがアキラに向かっていきなり『あら、夏だからか虫が多いですね。虫が服を着て歩いてます』とか言ってきやがって、それにアキラが――」


「スイマセン、手短にお願いします」


 長くなりそうなアヤさんの話を遮って手短に説明してもらう。


「あ~、嫉妬かな?」


 しかし、今度帰ってきたのは簡潔すぎる答え。

 嫉妬?

 なんだそれ。単語1つだけだと何なのか全くわからない。

 私とヒトミの頭の上に?マークが浮かぶ。

 しかし――


「……ハァ、"また"ですか」


 ただ1人、今まで口を開かずに静かにしていた岩神君だけは意味が分かったのか深くため息をついた。


「なに? 岩神君は意味が分かったの?」


「えぇ、まぁ。これでも長い付き合いなんで」


 そう言ってゆっくりと一歩足を前へと――戦っている2人へと向けて踏み出す。


「あ、ちょっ、岩神君あぶないよ!」


「いえ平気ですよ……あ、でも師里さん」


 校門へと向かっていた岩神君は途中で振り返り、私へと視線を向ける。


「なに?」


「アキラさんを責めないであげてください。多分……いや、絶対にうちのメイドが全面的に悪いので」


 呆れたような、それでいてどこか楽しげな曖昧な笑みを浮かべて言い切った。


「え?」


 突然の言葉に呆然としている間に岩神君は戦っている2人のすぐそばまで進んでいた。

 まるでそれが当然のことでも言うように、ごく自然に歩み寄る。

 戦いに集中しているのか、すぐそばまで行っても2人は岩神君に気付く様子は無い。

 そしてそのまま岩神君は自然に2人の間に割って入った。


「坊ちゃん!?」

「タツヤ!?」


 そこに至り、ようやく2人が岩神君に気付く。

 しかしその時には両者とも攻撃動作に入っている。

 次の瞬間、メイドさんの木刀とアイツの拳が岩神君に向けて放たれた。

 当たる!

 そう思ったが、次に目に飛び込んできたのは予想外な光景。



 メイドさんは頭を押さえて蹲り、アイツは困ったように頭を掻いてその場に立っていた。



「えっと、何が起こったんでしょう、今」


 隣のヒトミが疑問を口にする。

 それは周りの生徒たちも感じていた疑問なのか、同様の疑問が集団の中から漏れ聞こえてくる。

 それ程唐突にこの騒ぎは急激に終わりを迎えた。

 あまりにも突然のことに、周囲に困惑の空気が広がる。


「――見えたか?」


 そんな中、背後のアヤさんから問いかけられた。


「まぁ、一応」


 その問いかけの意味が分かったので、素直に答える。


「説明してみな」


 問いかけに答えると、さらに突っ込んだ要求がされる。

 だがこの1か月アヤさんと会話していくうちに、こんなことにも慣れたものだ。

 私は先程の光景を思い出しつつ口を開く。


「えーと、岩神君はアイツのパンチを右手で逸らして、同時に左手でメイドさんの木刀を掴み取って向きを変えてそのまま頭を叩いた。って感じに見えました」


「正解せいかーい。中々"眼"も慣れてきたな」


 アヤさんが言う通り、特訓を続ける私の"眼"はかなり昔と違う。

 魔力で強化を行わずとも、ある程度の速さのものをしっかりと認識できるようになった。

 動体視力が良くなった、と言うことなのだろうが常識の範囲を超えて良くなっていることは確かだ。

 自分でも薄々感じていた事だが、ヒトミや他の生徒たちが全く認識できていなかったってことは私も超人に片足突っ込んでるのかもしれない。

 そうして私が憂鬱な溜息をついていると――


「みなさん、ご迷惑おかけしました!」


 校門の前で岩神君が深々と私達生徒に向かって頭を下げていた。

 その声と姿に皆の視線が集まる。

 そうして視線を集めた岩神君は顔を上げ、再び口を開く。


「この通り騒ぎも収まったので、安心してお帰りになってください。もしも今回のことで被害をお受けになった方がいたら、私の……2年の岩神タツヤの所にまでいらっしゃってください」


 そこまで言って、再度頭を深く下げた。

 その姿は礼儀正しく、堂々としていて、まるで高校生の様には見えない。

 ……彼の両隣で頭を抱え込んだメイドと、所在なさげに突っ立っているアイツのダメさ加減が尚更それを際立たせる。


 というか、お前こそが真っ先に頭を下げるべきだろ。

 なに『困ったな~』て顔して突っ立ってるんだ。


 恥ずべき身内に頭を痛める。

 しかし、それでも他の一般生徒たちにはその謝罪は効果的だったのか、徐々に岩神君たちの脇を通り下校し始める生徒が現れてきた。


「うん、まぁ何とかおさまったな。オレ達も行こうぜ」


「あ、はい。でもアヤさん」


 岩神君たちの元へと向かおうとするアヤさんの背中に声を掛ける。


「なんだ?」


 私の声に振り向いたアヤさんに感じていた疑問を述べる。


「アヤさんも来てたなら、アイツと協力して2人で戦えばもっと早く終わったんじゃないですか?」


「え、ヤダよ。メンドクサイし、それだと面白くないじゃん」


『何をあたりまえのことを』と言う顔で言い切ったアヤさん。


「――わかりました、もういいです」


 岩神君は自分の責任だって言ってたけど、こっちも大分に悪いところありそうだな~。

 心の中で大きくため息をついた。



 ☆★☆



「よっす、終わったみたいだな」


「お前どこ行ってたんだよ。あ……レイ、ヒトミちゃん、なんか大騒ぎになっちゃってごめんな」


 アヤさんがアイツに声を掛けたことで私達に気付く。


「別に。それよりここ目立つから早くどっか移動しない?」


「賛成です。あまり人目があると話しづらいですからね」


「……岩神君、大丈夫?」


 私の言葉に同調してくれる岩神君。

 助かる、でもそんなことより気になることがあるんだけど――


「あぁ、いつものことなので大丈夫ですよ。拗ねてるだけなので」


 先程まで大暴れしていたメイドさんから背中に張り付かれたままの岩神君は笑って答えた。

 このメイドさん、さっきの様子とは打って変わりただ静かに岩神君の背中に張り付いている。

 うーん、この人も良くわからない人だな。


「んじゃ、とりあえずうちの事務所行こうぜ。元からそう言う話だったし……」


 そうアイツが言い、私達がその言葉通り歩き出そうとした時だった――


「――いいえ、その必要はないですよ~」


 背後から、聞き慣れた声が聞こえてきた。

 そこにいたのは、クラス担任の美浦チカゲ先生。

 優しく、ほんわかした雰囲気が人気の癒し系教師だ。

 だがしかし、その優しさとかそういうのは今は行方不明らしい。



「生徒指導室でゆっくりお話をしましょう――もちろん全員で、ね」



 滅多に見せない怒りの笑顔を、美浦先生は浮かべていた。

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(次回は水曜日~木曜日に更新予定です)

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