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目を開けちゃ〝絶対〟にダメよ

「いや~、助かったわありがとうねヒトミちゃん」


 頭に付けたヘッドセットから写楽さんの声が聞こえてくる。


「いえ、元々皆さんの移動にも使うつもりでしたので」




 今私達はヒトミが呼んだヘリコプターで『特究』へと向かっていた。

 座った硬いシートの下から小さな揺れが伝わり体を揺らす。

 窓の外には遮蔽物ひとつなく夜空が広がる。


「この分なら、あと15分くらいで着くかしらね」


「そうですね」


 ヒトミが操縦者と視線で確認を取って答える。


「よし、それじゃ今のうちにレイちゃん、やっちゃいましょうか」


「え? 何をですか?」


 突然掛けられた写楽さんの言葉に問い直す。

 一体何をやるっていうんだろうか。


「うーん、一応今から行く場所は戦場だから。保険のために、ね」


 そう言ってウィンクをしてきた。




 ☆★☆




「目を瞑って大きく息を吸って~、吐いて~。心を落ち着けて、自分の中に眠っている魔力に意識を集中させて」


 プロペラの回る轟音が響き、振動し続ける機内で写楽さんの言葉通りに意識を集中させていく。

 だがやはり、こう五月蠅かったり揺れたりすると中々上手くいかない。


「あの……これ本当に今やらないといけないことなんですか?」


「しっ! いいから言うとおりにして、これはレイちゃん自身のためでもあるのよ」


「……はい」


 目を開けようとしたが、鋭い声で制される。

 私は渋々、言われたとおりに集中を続けた。




 いま私達がやっていることは、魔力による『身体強化』の練習だ。

 これから向かう先ではどうなっているかわからない。

 それに何より――



「さっきまでは大蛇オロチやニニギ様の魔力で覆われて気づきませんでしたが、現在『特究』の付近に巨大な魔力を感じます。

 多分、最悪の結果ですがドラキュラ伯爵が復活してしまったと考えるべきでしょう。

 そうなるとこの先何が起こるかわからないわ、出来るだけのことはしておいた方が良いと思う」



 ということで『身体強化』だ。

 アイツからもらった守りのネックレスだけでは心もとなく、いざという時に逃げることも出来るようにというわけ。


 でもそんな急に言われたって出来るもんか。

 しかもこんな騒がしい場所でなんて。




「もう、また心が乱れてるでしょ」


 そんな心を見抜かれたのか ビシッ と額をデコピンで弾かれる。


「イテッ」


「集中集中」


「……そんなこと言ったって、こう騒がしくっちゃ集中できませんよ」


 額をさすりながら反論する。


「あら、そんなことだったの? なら簡単よ」


 そう言うと写楽さんは額当てを外し、私のことを神眼で見据えた。

 途端に――


「……え?」


 サー と先程まで鼓膜を震わせていた轟音が、波が引くかのように静まった。


「『視覚掌握』の応用ね。空気の振動である音を遮断するのは難しいけど、レイちゃん1人だけなら何とかなるわ」


 なんてこと無いように言ってるけど、本当に凄いなこの人は。

 今日一日だけでもどれだけ奇跡の様なことをしているんだろう。


 でも、確かにこれなら集中するのに支障はない。


「ス~、ハ~」


 大きく深呼吸をして目を瞑る。

 そして自分の内側に意識を向けていく。

 静まり返った自分の中に、とんでもなく大きな〝塊〟を見つけた。

 それはイメージとしては桜色の球体。

 私という器の中に無理矢理に押し込められているような巨大で高密度な魔力の塊。


「――見つけました」


「よし、それじゃそれを体全体に行き渡らせるようにして。指の先、足の先まで全部」


 そんな簡単に言われたって、行き渡らせるってどうすればいいんだろう。


「えっと、どうすれば?」


「うーん、言葉じゃ説明しづらいかな~。『エイヤッ!』って感じで」


 うーん、全然わかんない。

 でもとにかくやってみるかな。

 エイヤッ と心の中で気合を入れて、その桜色の魔力の塊に強く意識を向ける。


 瞬間――


 グネェッ


 と魔力が一気に形を変えた。

 丸かった球体から一本の角が生えたかのように、一か所だけ飛び出す。

 同時に、自分の体中を魔力が駆け巡った。

 それはしかし体に留まらず、すぐに外へと飛び出てゆく。


「ウワッ!」


 写楽さんの驚いた声が耳に入る。


「す、すいません」


「いいのいいの、大丈夫だから気にせず続けて。最初はみんな間違っちゃうものよ。

 ――でもさすがの魔力量ね、ビックリしちゃった」


「ハ、ハァ」


 写楽さんに言われるまま、再び魔力に意識を向ける。

 さっきは失敗しちゃったが、そのおかげでなんだか感覚は掴めた。

 理屈じゃなく、感覚でどうすればよいのか分かった。


 今度は慎重に魔力へと干渉していく。徐々に徐々に取り出すようにゆっくりと。

 球体を全体的に一回り大きくするイメージで。

 慎重にやったのが良かったか、今度は自分のイメージ通りに球体が膨らんでいく。

 それに合わせて、体に ジンワリ と魔力が満ちていく。


 つまりこの状態が魔力を全体に行き渡らせてるってことでしょ。

 ならこの状態のまま止めれば――


 球体の膨張をある程度で止める。

 しかし、膨張を止めたら止めたで今度はすぐにしぼみ始めてしまった。

 慌てて再び膨らませる。


 なるほど、ずっとこの状態を維持するには意識し続けなきゃいけないわけか。

 ……ちょっと辛いな。


 元の位置にまで戻した後、その状態で再び止める。

 今度はしぼまないように膨らませ過ぎない微妙な力加減を加え続けて、その形で留める。

 数秒間調整した後、何とかそのままの形で維持するバランスを見つけ出した。


「……すごい、もう安定してる。アキラ君の妹なだけはあるわ」


 写楽さんの感嘆の声が聞こえる。

 でも褒めるならアイツの名前は出さないでほしいな~。


「――この後は?」


 集中状態を解かないように、短い口調で問いかける。


「うん、あとはその魔力で自分の体を覆うようにして。皮膚の上に薄皮一枚を張る感じで」


 薄皮一枚か。

 あ、でも体の中に満ちている魔力は扱いやすい。

 ハンドクリームを塗るような感覚で、魔力で体を覆っていけばすぐにできた。


 あー、でもこれが『身体強化』か。

 内側からなんだか力が湧いて出てくる気がする、体が軽い。


「うん、まだ荒いけど底なしの魔力で補ってるって感じかな。これなら十分耐えられるかな。


 ――え? あぁわかりました、それじゃ真上まで行ってください。行けるとこまでの高度でいいんで」


 閉じた視界の向こう側で、写楽さんが誰かと喋っているみたいだ。


「よーし、レイちゃん。少し揺れるかもしれないけど、目を開けちゃ〝絶対〟にダメよ」


 〝絶対〟を強調して告げてくる写楽さん。

 一体なんだろう。

 そう思ってたら、確かに ガクン と少しだけ体が揺れた。


 あれ、でもシートベルトに引っかかる感じがしないな、ちゃんと閉めてたと思ったんだけど。


「――あ、ここですか? わかりました」


「あの、写楽さん。私なんだかとっても嫌な予感がするんですけど。これから何をするつもりなんですか?」


「ん? 何も心配しなくても大丈夫よ。レイちゃんはただその剣をしっかり握って、身体強化だけしてればいいから」


「え? ちょっ! それどういう――」


 意味なんですか? とは続けられなかった。


 ビュオッ!


 という凄まじい風が背後から私の体にぶち当たったからだ。


「え、なに!?」


「あぁ~、もう、目を開けちゃダメって言ったのに~」


 突然の突風に思わず目を開けて振り返る。


 そこに広がっていたのは闇。

 というか空。


 ええええええ!

 何この状況!


 慌てて視線を前に戻すと、少し離れた(・・・・・)ヘリコプターのドア付近に立つ写楽さん。


 そう、『少し離れた』。

 つまり今私は、何の支えもなく空中に浮かんでいたのだ。


「いやいやいや! なになにこれ! こわっ! 超こわっ!」


 地上ははるか下。

 かなりの上空にいることは間違いない。


「写楽さん! 早く戻してくださいよ!」


「うーん、無理」


「はぁ!?」


 笑いながら答える写楽さんに、年上への敬意など消し飛び素の声を浴びせる。


「実はさ、屋上でアキラ君とドラキュラ伯爵が戦ってるらしくて近づけないのね。でもその剣は渡さなきゃいけないからさ。

 ――だから屋上の真上からレイちゃんごと落とそうかなって」


「はぁ!?」


「大丈夫大丈夫。『身体強化』しておけば痛くないはずだから」


「そういう問題じゃない!」


「ま、時間もないしアキラ君もピンチっぽいからもう落とすね。ガンバって~」


「ちょっま!」


 だが、私は言葉を続けられなかった。

 写楽さんの超能力(レヴァリー)で支えられていた体が重力に引かれ落ち始め、舌をかみそうになったからだ。




 クッソ~! 何がガンバってだぁぁぁぁぁ! 自分でいけぇぇぇぇぇ!



 凄まじい速度で下から上に通過していく視界の中、私は剣を握りしめたまま心の中で叫びをあげた。

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