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一度名乗った相手に二度名乗るつもりはねぇよ

「オラァ!」


「ドラァ!」


 咆哮とともに放たれた2つの拳が宙でぶつかり合う。


 ドンッ


 と鈍い音がエントランスホールに響き渡る。

 次いで、衝撃波が荒れ狂った。

 エントランスホールに置いてあったイスや観葉植物がその衝撃で吹き飛ぶ。

 しかし、そのすさまじい衝撃の中心にいた2人は拳を放ったままの体勢で動かない。


 1人は黒い細身のスーツに赤いネクタイを締めた若い男。

 全身から金色のオーラを立ち昇らせている。

 対するもう1人は深い青色のタキシードを着て、顔をパピヨンマスクで隠した男。

 彼もまた、全身から魔力をほとばしらせている。


 両者のぶつけ合った拳、そこに込められた力が拮抗していて硬直状態になっているのだ。

 しかし、その拮抗状態も徐々に崩れ始める。

 グググッ とスーツ姿の男の拳が少しづつ前へと進みだしたのだ。

 仮面の男はそれを阻むように、必死に拳の進行を止めよう力を込める。

 けれども――


 ズンッ


 とスーツの男がさらに足を踏み出し、力を加えるとついに耐え切れず仮面の男の拳は弾かれた。

 そしてそのまま真っ直ぐスーツ男の拳は仮面男の胸を穿ち、吹き飛ばす。


「ガァッ!」


 苦悶の声を吐きながら宙を舞う仮面の男は、そのまま壁へと叩きつけられてしまった。


「もういいだろ、勝負は見えた。

 俺とお前じゃ実力に差がありすぎる」


 ズルル と叩きつけられた壁をずり落ちる仮面の男に向かってスーツの男――師里(もろさと)アキラはそう告げた。

 たしかに、彼が言うとおりに実力差は明白。

 アキラは疲労は見えるもののほとんど無傷なのに対し、仮面の男は全身ボロボロだ。


「ハッ、確かにそうだな。アンタは本気を出してさえないのに俺はこんなだもんな」


 アキラの言葉に、仮面の男は笑いながら答えた。


「そうか、なら大人しく捕まってくれるな。お前には訊きたい事が山ほどあるんだ」


「いいぜ……アンタにそんな時間があればだけどな」


 『なに?』そうアキラが問いかけようとした瞬間だった。



 ドクン



 と凄まじい魔力の発現を建物の奥から感じた。

 それは以前にも感じたことのある、とても強大な――


「まさかアイツが復活したのか!? そんな馬鹿な……スズとアヤは!?」


 思わず建物の奥へと視線を向けてしまうアキラ。

 その背に向かって――



「ま、そういうことだ。アンタは俺に構ってる暇なんてないだろ?」



 そう声が掛けられた。

 声にアキラが振り返ると、そこにはいつの間にか出口へと移動した仮面の男。


「んじゃ頑張ってアレと戦ってくれよ。〝お母様〟を楽しませること、期待してるぜ勇者様」


「ちょっ、待てっ!」


「んなこと言われたって待つかよ、じゃあな!」


 静止の声に耳も貸さず、走り去っていく仮面の男。

 アキラはその背を見送ることしかできなかった。


 追うわけには行かない。

 アイツが復活したというのなら、戦うのは彼の仕事だからだ。


「チクショウ! どうなってやがる!」


 悔しげに言葉を吐きだし、アキラは駈け出した。



「……間に合ってくれよ、レイ」



 小さくそう呟きながら。



 ☆★☆



「さて、アヤの方はどうなったかの?」


 廊下を暢気な調子で歩く一人の少女。

 足元まで届きそうな長髪を背中で適当に一つに纏めた、見た目だけなら文句なしの美少女。

 ただし着ているのは黄緑色のダサいジャージ。

 さらに、その手に持った身の丈ほどもある大剣が異彩を放つ。


 『B&Bトラブルバスターズ』の助手、スズだった。


 謎の仮面女を倒した彼女は、同僚であるアヤを探していた。

 そんな時――



 ドクン



 と強烈な魔力が体を突き抜けた。


「……ほぅ」


 魔力を感じ、呟いた彼女の表情からは先程までの暢気さは消え去っていた。

 あるのは、獲物を見つけたような獰猛な光を放つ瞳。


「復活した、ということじゃろうな。中々に楽しい状況になってきおったではないか!」


 嬉しそうに叫ぶと、大剣を肩に担いで走り出した。




 ☆★☆




 『蒼白月(ペイルムーン)』の保管された部屋。

 そこは今、酷い有様だった。

 突如吹き荒れた強烈な魔力。

 それが物理現象となって部屋にあったものを襲ったのだ。

 各所に付けられていたライトは軒並み破壊され、天井に元々付いていた電灯が辛うじて数本生き残り、窓のない部屋を僅かに照らしていた。

 照らし出された部屋は、壁紙も剥がれ最下層の金属製特殊防護壁までむき出しになっている。

 もしもこの部屋が通常の部屋と同じであれば壁ごとぶち抜かれていただろう。

 そんな部屋の中央。

 『蒼白月(ペイルムーン)』が置いてあったガラスケース。

 それは既に内側から破壊され、台座部分しか残っていない。

 その台座の上に、人影があった。



「ふむ、久しぶりの〝外〟は清々しいものであるな」



 人影はゆっくりと息を吸い込みながらそう感慨深げに言葉を吐く。


 その人影は男だった。

 金色に輝く髪は サラサラ と流れるような滑らかさを持っており、その下から見える肌は青白い色をしておりまるで生気がない。

 だが、その中にあって2つの瞳だけは黄金色に輝いて浮き上がって見える。

 容姿はとても整っている。

 まるでこの世のものではないような完璧な美しさだ。

 だが1つ。

 口から覗く2本の犬歯だけがその美しさにミスマッチだった。

 彼はまるで中世の貴族の様に細身のズボンにシャツ、その上からチョッキをつけている。

 しかし――


「うーん、何かしっくりと来ない……あぁそうか、マントがなかったのだな」


 腕を組んで僅かに思考した後、男が パチン と指を鳴らすと魔力が男を取り囲んだ。

 一瞬でその魔力はマントへと形を変える。

 表が黒、裏地が赤へのマントへと。


「うむ、これでよい」


 満足げにうなずく男。

 その姿はまるでお伽噺に出てくる――



「……ドラキュラ伯爵」



 床に伏せていた何者かが立ち上がりながら、そう口にする。


「む? なんだお前、吾輩の名を軽々しく口にするでない人間」


 シュッ


 と男――ドラキュラ伯爵――は軽く手を振った。

 まるで虫でも振り払うかのように。

 次の瞬間 ゴゥッ と不可視の風の刃が部屋を横切る。


「グッ!」


 その刃を立ち上がった人物――アヤは手にした苦無で受け止める。

 だが、刃は防げても威力は殺せず ズズッ とその両足が後ろへと滑った。


「うぉぉぉ!」


 しかし、それでも勢いの衰えない刃をアヤは力任せに苦無で軌道を逸らした。

 アヤの体スレスレを逸れていった刃は、むき出しの壁へとぶち当たる。


 バクンッ


 と壁の金属性防御壁に深い深い爪痕が刻まれてしまう。


「ふむ、中々やるな人間。名を聞かせてみろ」


 それを見て少し関心を持ったようで、ドラキュラ伯爵はアヤへと問いかける。

 だが――


「一度名乗った相手に二度名乗るつもりはねぇよ。

 オレの名前、思い出してみろよ」


 そう不敵に笑い、苦無を構える。




「なぁ、『吸血王(ヴァンパイアロード)』」




 しかし、そう不敵に笑う額には冷や汗が ツゥー と一筋流れていた。

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