後で5千円な
遅くなりましたが更新です。
深夜だというのに昼間の様に明るい廊下を2つの人影が駆ける。
この廊下には窓が無く、全面白色に塗られていたために要所要所に取り付けられた高出力ライトの光が反射しているのだ。
人影の1つは墨で塗りつぶされたかの如く真っ黒な影。
顔も無く、まるで影が無理矢理に人の形をとっているみたいだ。
もう1つは女。
グラマラスな肢体を青色の扇情的なドレスで包み、素顔をこれまた、青いパピヨンマスクで隠した女。
並んで駆ける2人だったが、片方――『影』の方――がどことなく苦しそうな風に見える。
「どうした?」
そんな影の様子を訝しんだのか、女が声をかける。
[ココハ アカルスギル]
女の問いかけに『影』は苦しげに短く答える。
その時――
バッ
と唐突に女が『影』を庇うように前に飛び出る。
「シッ!」
そのまま短い呼吸と共に腕を振るった。
キンキンキンッ
同時に甲高い音が響く。
女の腕が飛来した何かを弾き落とした。
カランカラン と軽い音を立てて飛んできたそれが床に転がる。
それは苦無。
金色に輝く苦無だった。
そして、廊下に声が響く。
「ほら、やっぱり来たじゃねーかよ」
「いやしかし、所長が抜かれるとは……」
「アキラに幻想持ちすぎだぜお前。
まぁ、賭けは賭けだ。後で5千円な」
「ぐぬぬ、致し方あるまい」
何もない空間から溶け出るようにして現れた2つの人影。
1人は黄緑色のジャージを着て、腰あたりまで髪を伸ばした少女。
もう1人は杜宮高校の女子制服を着た中性的で性別不詳の少年。
『B&Bトラブルバスターズ』のスズとアヤだった。
「……貴方達ですか」
「おう、オレの『忍法:光陽炎』なかなか凄いだろ」
女の言葉に、どこか的外れなことを笑いながら答えるアヤが真っ白な布を持ち上げる。
この真白な布で体を隠していたようだ。
強い光が満ちているこの廊下では、こんな布きれ1つでも姿を隠すことが出来る。
「えぇ、少し驚きました。魔力の気配すらしなかったので」
「驚いてもらえたなら何よりだ。でも――」
そこでアヤは言葉を切って、目を スッ と細め
「これだけじゃ足りねぇな。昨日のリベンジ、キチンとさせてもらおうかね」
そう『影』と女に向けて告げた。
☆★☆
「昨日のリベンジ、キチンとさせてもらおうかね」
隣のアヤがそう告げた瞬間、儂は『影』に向かって走り出す。
即座に距離を詰め、右の手を拳に変えて振りかぶる。
だが――
「させません」
振るった拳は仮面の女の片手によって阻まれる。
完全に虚を突いたと思ったのじゃが、反応するか。
やはりこやつの反応速度と防御力は普通じゃないの。
……じゃが、これも予想通り。
儂は受け止められた拳を即座に解き、開く。
そうして開いた掌でもって儂の攻撃を受け止めた女の腕を逆に絡め取った。
「ッ!」
「そうっれ!」
女が突然のことに息を呑むのと、儂が絡め取った女の腕を両手で掴み、振り回したのはほぼ同時だった。
女と儂の身長差は約20センチといったところか。
圧倒的に儂が体格負けをしているが、能力者同士の戦いに体格はほとんど関係ない。
魔力によって強化された肉体は体格差など容易くひっくり返す。
儂に片手を持たれ振り回された女の足が地面から離れて宙に浮く。
遠心力によって勢いに乗るその女を
「どおっりゃ!」
勢いが頂点に達したところで掛け声とともに手を放し、壁へと叩きつける。
「カハッ」
叩きつけられた女が衝撃で肺から息を吐き出す。
壁には ビシッ という音と共に女を中心に蜘蛛の巣状の罅割れが走った。
しかし、これでは足りない。
「ふむ、存外硬いの……ならば!」
儂は小さく呟き、右手を女に向かって翳す。
ヴンッ
とその掌を中心に直径1メートルほどの魔法陣を展開する。
それは儂の一番得意な『魔力腕』の魔法陣。
「吹き飛べッ!」
ドンッ とまるでロケットランチャーのような勢いで魔法陣から黄緑色の巨大な腕が飛び出す。
握り拳を作ったその腕は、壁から落ちかけていた女を捉え、再び壁に縫いとめる。
バァッン!
と大きな音を立てて女を巻き込みながら壁へとぶつかる魔力腕。
しかしそれも一瞬。
バギバギバギィッ
と罅の入っていた壁を容易く打ち砕き、魔力腕は飛んでいく。
ドォン ドォン
と腕の開けた大穴の奥から、さらなる破壊音が聞こえてくる。
いくつもの壁を壊して突き進んでいっているのであろう。
とりあえず、作戦通りじゃ。
「ではアヤ、儂はあっちに行くぞ」
「おぅ、任せた。アキラみたいなヘマするんじゃないぞ」
「抜かせ、そちらこそまた油断してバカするなよ」
アヤと短く言葉を交わす。
これが儂達の考えた作戦。
作戦と呼べるほど高尚なものじゃないがな。
各個撃破。
シンプルなものじゃが、昨日のように2人が1人にやられるといううことだけは避けたかったためじゃ。
それに、何とか攻略法も昨日の戦いで見えた。
『影』も所長の読み通り、強い光で弱体化しておるようで、今のアヤでもなんとかなるじゃろう。
「では行ってくる」
「おう、ガンバレよ」
儂は壁にあいた穴を通り、女を追いかけるために走り出した。
☆★☆
「ってわけで、お前の相手はオレだ。モノマネ野郎」
スズがこの場を去り、オレと『影』だけがこの場に取り残される。
オレは挑発するように『影』へと言葉を掛けた。
[ソコヲ ドケ]
しかし、そんな挑発に乗らず無機質な声で答える『影』。
「残念、そりゃできない相談だ。だってお前がここ通ったら、あのコウモリ野郎が復活するんだろ?
ヤダヤダ、俺もうあんなメンドクサイのと戦いたくねーもん。あんな、人からチューチュー血を吸うしか能のないヤツとさ」
[……アノカタヲ グロウスルナ]
オレの言葉に『影』の空気が変わる。
「お、怒った? 自分のご主人様バカにされて怒っちゃった?」
[……]
さらなる挑発をかけるが、黙したまま語らない。
しかし、その体からは殺気が立ち上り、戦闘を行う意思が見て取れる。
よし、第一段階成功。
逃げ回られちゃ敵わないからな。
あっちから向かってきてもらった方がだいぶ楽だ。
「オレが怖くて声も出ないか? 弱虫コウモリ野郎の眷属だけはあるな!」
そう言った瞬間、『影』がオレに向かって飛び掛かってきた。
ギィンッ
既に言葉はない。
影で作った奴の黒い苦無と、オレの金色の苦無が空中でぶつかり合い火花を散らした。
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