ひ、久しぶりですね師里くん
<師里アキラ>
「こんにちわ~。特災の駆除を頼まれたB&Bトラブルバスターズっすけど」
杜宮高校の来客用入口から入り、すぐ脇の事務室へと声をかける。
するとカラカラと音を立てて事務室へと続く窓口が開いた。
「こんにちわ、話は聞いてます。ですがすいません、規則なので身分証を見せてもらえますか?」
窓口から顔を出したピシッとした初老のおばちゃんが告げる。
「あ、はい、えーとどこだっけかな……」
「所長、胸ポケットじゃ。出かけるときにそこに仕舞っておったぞ」
「え? あぁ~そうだったそうだった」
スズに教えられ、胸ポケットから目当てのものを取り出す。
それをすでに準備していたスズの分と並べておばちゃんへと提示する。
「え~と、師里アキラさんB+能力者とスズさんB-能力者ですね。……あなた苗字は?」
「ごめんなおばちゃん、コイツは訳ありなんだ。察してくれ」
怪訝な目をスズに向けたおばちゃんの前に移動し、スズへの視線を遮る。
「でもコイツの身分はハッキリしてるだろ。それを持ってるんだからさ、それで勘弁してくれ」
そう言って俺はおばちゃんの手にある、先ほど渡したものを指さす。
運転免許証の様な顔写真入りの黒いカード。
それは登録証。
勿論、能力者のだ。
2年前に突如出現し始めた能力者を、政府は雇用し管理下に置くことは出来なかったが彼らの登録だけは徹底させた。
だから能力者は必ず政府の審査を受けてその登録証の発布を受けねばならないことになっている。
確かに超能力なんて力をもってる奴らを、全く管理もせずに放置なんてできないのは当然だ。
まぁ、それでも発布を受けないモグリの奴もいるだろうけど。
政府に生年月日や人相、そして能力者にとっての生命線である超能力も調べられ完全にその情報が管理されるわけだしな。
しかし素直に登録しておけば何かと風当たりの強い能力者でも、抜群の身分証明になるという利点もある。
なんたって政府の身分証明だからな。
「……問題なく登録されているようですし、わかりました。詮索するような真似をしてすいません」
「いやいや、気にしないでくれ。こっちだって何かと胡散臭い職業だし、詮索されたって仕方ないのはわかってる」
「ありがとうございます、ではこちらに記帳をお願いします」
差し出される来客名簿。
「あ~、わかりました。『B&Bトラブルバスターズ』っと」
「はい、それではこちらの来客証を首から下げてください。帰られる時まで外さないでくださいね」
「了解っす」
手渡された大きく『来客』と書かれた2つのネックストラップをスズと分けて首にかける。
でも、見た目10代のジャージ女子が高校で来客ってのもなんかおかしな気分だな。
「スズ、お前なんか『来客』って感じしないな」
「どういう意味じゃ?」
「どっちかって言うと通ってる高校生っぽいなって」
「何じゃと!? 儂が子どもっぽいと言うのか!」
「そんなことは言ってないし、お前は10代に見られたいんじゃないのか! なぜ怒る!?」
「10代に見られたいじゃなくて正しく10代なんじゃ!」
「うっわ、どうでもいい」
「どうでもよくない! それに10代でも高校生と社会人では天と地ほどの差があるじゃろ。儂は10代でもちゃんと自立した大人の女性なんじゃ!」
「はいはい、わかりましたわかりました」
スズに年の話題はダメだな。
メンドくさすぎる。
上に見てもダメ、下に見てもダメっていったいどう言って欲しいんだコイツ。
「仲が良いのですね、しかし校内では静かにお願いします」
「「……すいません」」
無表情ですごい迫力を出す事務のおばちゃんに圧倒され、俺達は揃って頭を下げた。
☆★☆
「ところで所長」
詳しい話を聞くために応接室へと通された俺達。
話をしてくれる教師が今はまだ授業中だということで、時間のできる昼休みまで応接室で待たされている。
ちゃんとアポ取れよと思うかもしれないが、ちゃんとアポはとってたんだ。
ただ、俺が寝坊したりダダこねたりしてたら1時間ほど遅れちゃっただけで……。
そんな暇を持て余した状況に飽きたのか、隣に座るスズが話しかけてきた。
「ん?」
「妹と顔を合わせたくないとか抜かしていたが、ここには1000人程学生がいるようじゃぞ。お主が妹と顔を合わせる確率など低いのではないか?」
「はぁ? 兄妹の絆は強いんだぜ、こんなに近くに居たら引き寄せあって会うに決まってるじゃないか」
何を言ってるんだこのBBA少女は。
「お主は本当に気持ち悪いの~、妹に同情するわ」
「言ってろ」
「……まぁ、お主がキモイシスコン野郎だということは既に分かり切っていた事じゃったな。ではもう一つ質問いいか?」
「キモくはないと思うと訂正だけはさせてもらおう。暇だしいくらでもしてくれていいぞ」
「シスコンは否定せんのじゃな……。では訊くが、お主もこの高校の卒業生ではなかったか? 前にそのようなことを聞いた気がするのだが」
「あー、うん。確かにここは俺の母校だよ」
卒業してもう8年ほどになるけど。
「知り合いなどおらんのか? 恩師との再会とかテレビで良くやってるではないか」
「いねーなー。ほら、ここって公立高校じゃん。公立高校の教師って大体8年も同じ高校で勤務するってことはないのよ、3~5年で異動してさ」
「ふーん、そんなものなのか。では母校と言ってもさして感慨もないわけか」
「あ~、でも懐かしくはあるぞ。建物自体は変わってないし。ホント、よく2年前の時にここ壊れなかったもんだと思うぜ」
「ふむ、なるほどの。で、では高校生だった頃のお主は……」
キーンコーンカーンコーン
しかし、言いかけたスズの言葉は途中で鳴ったチャイムでかき消された。
「お、やっと授業が終わったみたいだな。もうそろそろ来るか」
「……みたいじゃの」
「そういやさっき最後、何言おうとしてたんだ?」
「……いや、なんでもない。忘れてくれ」
「? そうか、わかった」
少しだけスズの様子がおかしい気もしたが、コイツがおかしいのは今に始まった事じゃないし気にしないでおく。
それから数分後。
ガラガラ
と音を立てて応接室の扉が開いた。
「す、すいません! お待たせしました!」
アワアワと慌てながら入ってきたのは1人の女性。
美人ではないけれど小柄な背丈と相まって愛らしい顔立ち。
丸い鼻にちょこんと乗った丸メガネは、理知的さよりもドジッコらしさを見る者に与える。
髪だけは肩口で大人の女性らしく整えられ、薄く茶色に染められていた。
急いで来たのか、息を切らしている。
荒い呼吸が少しだけ色っぽい。
少しだけ。
「いや、儂らの方が約束の時間に遅れてしまったのでな。謝るのは儂らの方じゃ、誠に申し訳ない」
突然の女性の登場に注目していたら、隣に座っていたはずのスズが立ち上がり、俺達の非礼を詫びていた。
やっぱりこういう咄嗟の正しい行動ってのは中々俺にはできない。
なんたって職歴はニートと勇者ですからね。
キチンとした礼を行うことが少なかったから仕方ない。
なのでスズに任せて椅子に座っていたら、スズから凄まじい眼光で睨まれた。
え? なに、なんなの?
そんな俺の心情が表情に出ていたのか、チッと舌打ちするとスズは手だけのジェスチャーで何かを伝えてきた。
腕を立ててクイクイッと手首の先から曲げたり、口の前に手を持って行って何度もグーからパーに変えたりしている。
ふむふむ。
俺にも謝罪と挨拶しろってことだな。
2年間も一緒に仕事してると、ある程度の事は言葉を交わさずにコミュニケーション取れたりするんだ。
あんまり嬉しくもないけど。
「です、俺達が遅刻してしまったのが原因です。すいません。あ、俺は『B&Bトラブルバスターズ』の所長やってます師里アキラです、よろしく」
だから言われた通りに椅子から立ち、挨拶をしておく。
「え?」
しかし、入ってきたメガネの女性は俺の挨拶を聞くと、一言だけ呟き驚いたような顔をして止まってしまった。
「(……ねぇねぇスズさん、俺何かマズイこと言った?)」
「(いや、お主の挨拶が拙い(つたない)ことは確かじゃが、驚かれるほどではなかったと思うぞ)」
不審に思い隣のスズに小声で問いかける。
しかしスズから見てもおかしなところはなかったみたいだし、一体何なんだ。
「あの~大丈夫っすか?」
「え、あ、はいっ! す、すいません!」
恐る恐る声をかけてみたら、予想以上に大きな声で返事が返ってきた。
「大丈夫ならいいんすけど」
「も、申し訳ありません。突然の事でつい……」
「突然? 何が突然なのじゃ?」
「そ、それは、あの……」
モジモジと俯く女性。
しかし、意を決したのかバッと顔を上げて俺に向かい――
「ひ、久しぶりですね師里くん」
――そんなことを言ってきた。
でもごめん、誰だっけアンタ?
目を潤ませながら俺を見つめるその顔を見ても、まるで誰だか思い出せなかった。
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