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師里くんなら何とかするから大丈夫

 空が白みだし、夜が明けようとする頃。

 杜宮市のあるアパートの一室では1人の女性が読書をしていた。

 野暮ったい丸眼鏡をかけ、可愛らしいパジャマを着た、童顔気味の女性。

 天井から吊るした電灯は消し、机の上に置かれたスタンドライトだけが彼女の手元を照らしている。

 部屋に響くのは ペラリペラリ というページをめくる音だけ。


「お母様、戻りました」


 そのひどく静かな部屋に、ひとつの声が響いた。

 声を発したのは男。

 いつの間に入って来たのか、若い男が部屋の隅で膝をつき頭を垂れていた。


「お帰り、ムゥ」


 しかし、その突然響いた声に女性は驚きもせずに返事を返す。

 パタン と本を閉じて振り替える。

 その顔は決して美人ではないというのに、どことなく色気があった。


「どうだった?」


「我らの目を通して見られていたのではないのですか?」


 質問に対して質問で返す男。


「ふふ、貴方の口から聞きたいのよ」


 しかし、その質問に対して薄く笑いながら答える女。


「これは失礼しました、では報告させていただきます。ですが、その前にジュンを……」


 男はそう言いながら合わせた両手を前に出す。

 その手の中には、力なく羽ばたく青い蝶が一匹。


「あぁ、ジュンは結構傷ついちゃったんだっけ」


 気軽な調子でそう言い、女は男の手から蝶を優しく取り上げる。


「ゆっくりお休み」


 そして、そのまま自分の胸に押し当てる。

 すると溶けるようにして蝶は彼女の胸の中に消えてしまった。


「これで良しっと、さぁ話していいよ」


「はい」


 そして、男は口を開く。


「お母様から命じられたように、先に産み出された俺は事前に封印場所に警官に扮して潜入していました。

 そこで逃走経路の確保などを行っておりました。

 途中、『影』とスズ、アヤの2人が交戦に入ったことや、それにジュンが介入したことも把握していましたが私は命じられたように潜んでおり参加していません。

 戦闘場所に向かったのはジュンの気配が著しく弱ってからです」


 そこで男は言葉を切る。


「うん? ここまでは順調じゃない、問題ないよ」


「いえ、逃走経路の確保などはすぐに終わっていたので、俺も戦闘に参加するべきでした。

 そうすればジュンはあそこまで壊されずに済んでいたと思います。

 俺の失態です……」



「ムゥ」



 静かに。

 静かに女が男の名を呼ぶ。

 その声は氷のように冷たかった。


「私はムゥには戦闘に参加しないように命令したんだよ? 

 それが間違っていたって言いたいの?」


「いえ! そういうつもりでは……!」


 焦った声音で言い訳しかけるムゥ。

 自らの主人を貶める発言だったと今更ながらに理解する。




「……なんてね、冗談よ」




 けれども、先ほどまでとても冷たい目をしていた女は フッ と笑う。


「確かに迂闊だったわ。まさかあのスズがあれほどの攻撃手段を持っていたとはね。

 防御特化のジュンだけでも何とかなると思ったのに誤算だった。もしもあれを早々に使われていたら『影』に追いつかれていた。

 ムゥの言うとおりに2人で足止めするべきだったかもしれないわ」


「……俺がいても結果は同じだったかもしれません。あれほどの力とは」


「ムゥ、戦いは力がすべてを決めるわけではないのよ。

 攻撃特化のムゥ、防御特化のジュン。

 貴方達2人が揃えば個々の時よりもずっと強く戦える。

 そういう風に作った(・・・・・・・・)

 なにも怯える必要などないのよ」


「……はい」


 しかし、それでも力なく答えるムゥ。

 表面上は飄々としていたムゥであったが、同時に作られた半身の惨状はかなりショックであったらしい。


「でも、貴方がそれ程までに怯えるとは。貴方にはあの〝ブリューナク〟がどんなふうに見えた?」


「とても……恐ろしい武器に見えました。

 内包魔力もそうでしたが、何より2種の属性の合成による爆発的威力が脅威でした。

 また、あの擬似的超電磁砲(レールガン)などは発想力が違いすぎます」


 恐ろしいものついて語るように、僅かに怯えながら話すムゥ。

 しかし――


「ふぅーん、でもそれは私たちにとっても有用なものなのよ」


 と、何でもないことのように言う女。


「有用、ですか?」


「えぇ、だって強い攻撃のやり方を教えてくれたってことでしょう?」


 フフッ と笑う女。


「2種の属性の合成か。こっちは多分楽だけど、レールガンの方が難しいかな~。

 まぁ使い道もあんまりなさそうだしいっか、そっちは」


「再現できるのですか?」


「多分ね。ほら、私の能力ってそういうものだからさ。

 ムゥもこれで強くなれるね」


 何とも軽々しくとんでもないことを口にする。


「そういうわけで、何にも怯える必要なんかないよ。死なずに戻ってきてくれれば私が何度だって強くしてあげる、ムゥもジュンもね」


「ありがとうございます!」


「ホント2人とも初陣にしては良くやってくれたと思う。あとは休んでくれていいよ。

 私はあと2~3時間で出勤しなきゃだから寝ないけど」


「……でしたら、1つお訊きしてもよろしですか?」


 再び机に向かい本を開こうとした女に、ムゥは問いかけた。


「ん? なに?」


「なぜ『影』を助けたのですか?

 俺はお母様の駒ですので疑問を持つべきではないとは思うのですが、気になってしまって」


「あぁ、そっか。急いでたから理由を話してなかったね。

 いいよ、理由を教えよっか」


「ありがとうございます」


「と言っても深い理由はないんだけどね。

 1つ目は師里もろさとくんのカッコいいところが見れなくなるからだよ」


「カッコいいところ、ですか?」


「うん、もしもあそこで『影』がやられてたら〝アレ〟の復活もないわけだし、そうすると師里くんがカッコよく戦うところも見れないってことでしょ。

 そんなのは嫌だから『影』を助けたのよ」


 少女のような無垢な笑顔を浮かべて女は語る。

 多くの人々を危険に晒すかもしれないモノの復活を、自分の好きな人の活躍が見たいというだけで手助けしたと。

 ただ、もしも誰かが彼女に


『復活したものが起こす被害を考えないのか』


 と訊けば彼女はこの笑顔のまま答えるだろう。


『師里くんなら何とかするから大丈夫』


 と。

 師里アキラに対しての盲目的な信頼が彼女にはあるのだ。


 しかし、この場にはそんなことを訊く者はいない。

 代わりにムゥが問いかける。


「1つ目ってことは、2つ目もあるのですか?」


 そう聞いた途端ムゥは後悔した。

 自分を生んだ存在。

 絶対的な主。

 先程まで恋する乙女のような笑顔を浮かべていた彼女が、般若の如き怒りの表情を浮かべたからだ。


「……えぇ、そうね。あるわよ、2つ目」


 右手の親指の爪を ガジガジ と齧り、苛立ちも隠さずに女は答える。




「スズ……あのクソ女の活躍だけは許せないのよ」




 1人の女の恋心と嫉妬。


 その2つが理由で邪悪なる存在の復活が近づいたとは、この場の者以外は誰も知ることがないまま事態は悪化を見せていた。

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