……それは、とんでもない武器ですね
遅くなってすいませんでした、少し書くのが難しい話でした。
「さぁ、行ってください『影』のお方」
[……ワカッタ]
突如現れた女が儂達の前に立ち塞がり、背後に匿った『影』へと声をかける。
その声に促されるまま、『影』は教会へと走り出す。
「行かせぬわ! スレイプニル!」
その『影』に向かって、以前鬼に対して使った拘束用魔法具『スレイプニル』を放つ。
黄緑色に光る魔力の縄が『影』に向かって宙を滑るようにして、すさまじい勢いで迫っていく。
しかし――
「させませんよ」
言葉と共にスレイプニルが途中で強引に跳ね上げられる。
それを為したのは青いパピヨンマスクの女。
高速で動くスレイプニルに追いつき、そのまま素手で払いのけたのだ。
「これは〝知っている〟技ですね」
不可解なことを言う女。
しかしまさかスレイプニルが止められるとは……。
「クッ! アヤ、行け!」
すぐさまアヤに指示を飛ばす。
「そちらの方も行かせるわけには参りません」
だが、駈け出したアヤの眼前に瞬間移動のような速さで立ち塞がる女。
「どけっ!」
無理にでも押し通ろうとアヤが振るった苦無はしかし、片手で止められてしまう。
さらにがら空きになった胴体に攻撃を受けて弾き飛ばされてしまった。
そうしている内に『影』は教会内へと侵入してしまう。
『漆黒蝙蝠』が封印されている地下室に到達するまでは、おそらく5分。
強化された多重結界にはそれくらいの時間はかかるはずだ。
だから――
「3分じゃ」
「何がです?」
「3分で貴様を倒して『影』を追う」
「んだな、それしかねーだろ」
隣に並んだアヤもそれに同調する。
「そうですか、ならば3分貴方がたを押し留めればいいのですね」
「出来るもんならやってみろ!」
「出来るものならやってみせるのじゃ!」
まるで簡単な事のように答える女に向かい、2人で声を上げて駈け出す。
しかしそれも途中まで。
儂は左に、アヤは右へと別れる。
挟み撃ち。
わざわざ相手に合わせて1人ずつ戦ってやる必要などない。
瞬時に女を両隣から挟み込んだ儂達は武器を振るう。
儂は上段からダーインスレイブを振り下ろし、アヤは脇腹から心臓までの致命傷コースに苦無を突き立てる。
「なるほど挟撃ですか。ですが――」
言葉とともに女は両手を動かす。
右手を儂のダーインスレイブに、左手をアヤの苦無に向けて。
ギンッ
硬質なものがぶつかり合う音が響くと同時に、手に震動が走る。
「おいおい、冗談じゃろ……」
「マジかよ……」
思わず儂らから漏れるのは驚愕の言葉。
自分達の攻撃が素手で受け止められたのだ、仕方がないだろう。
女は儂のダーインスレイブを片手で挟み込むようにして受け止め、アヤの苦無の刃を握りこんで止めた。
刃に触れているというのにその手からは一滴の血も流れ出ていない。
何より――
「なぜ時間停止が――」
ダーインスレイブの時間停止能力。
それに侵されず女は平然としている。
「私には効きませんよ。攻撃も、能力も」
そう答えた女はさらに両手を大きく動かす。
儂達の武器を持ったまま。
「うぉ!」
「なにっ!」
武器を掴んだままだった儂達の体も浮く。
そしてそのままの勢いで放り投げられてしまった。
僅かな浮遊感を感じるも、何とか姿勢を直して地面に落ちる。
「なんつー馬鹿力だ!」
空中で体勢を立て直したアヤが着地しながら吐き捨てる。
確かに、あの細い腕にはこれほどの力があるようには見えないというのに信じられない力だった。
「スピードもある、力もある、そして防御力は化け物級か。笑えるぜチクショウ」
「何より儂のダーインスレイブが効かなかった、何かおかしいぞ奴は」
並んだアヤと言葉を交わす。
「さて、どうする?」
「どうするもこうするもないじゃろ、一刻でも早く追わねばならんのだから」
「じゃあ……」
「儂が全力であ奴を抑える、その間に抜くのじゃ」
「了解」
小声で作戦を打ち合わせる。
儂よりも素早く動けるアヤに追うのは任せるべきだろう。
「それでは行くぞ!」
言葉と共に足元へ『加速』の魔法陣を生み出し、それを踏み抜く。
グンッ という爆発的な加速を得て女の眼前へと即座に迫る。
そして先程よりも何倍も速い速度で両手で持ったダーインスレイブを横に薙ぎ払う。
「先程よりも早い……ですが!」
再び響く ギンッ という音。
女は両手の掌でもって儂のダーインスレイブを受け止めた。
だが、これは想定内。
「まだ終わらんよ!」
スニーカーを履いた右足で地面を ドン と踏みつける。
瞬間、女の足元に黄緑色の魔法陣が生まれた。
その中から何本もの黄緑色に光る腕が現れ、女の手足や胴に絡みつき動きを拘束していく。
「行け! アヤ!」
儂が声を飛ばすと同時に、一陣の風が吹く。
風になったかのような速度でアヤが駆け抜けたのだ。
魔力による身体能力を行ったアヤの速度はもはや視認することすら難しい。
「なるほど、全力の攻撃で動きを止め拘束、その隙にもう1人が追いかけるのですか……」
全身を拘束された女は静かに呟いた。
「――全く、甘く見られたものです」
言うや否や、四肢に力を込めたのが拘束している魔力腕を通して感じる。
「バカなっ! 引き千切るつもりか!?」
しかしそれは冗談でもなく、女を抑えきれずに魔力腕の構成が軋みを上げる。
「クッ! 化け物が!」
再び ドン と足を地面におろし魔法陣を展開する。
だが――
「それは既に見ました」
女は拘束されたままの右足を無理矢理に振り上げる。
その際に右足に纏わりついていた魔力腕が宙に溶けるようにして消えた。
そうして自由になった右足を女は、足元に展開していた魔法陣に振り下ろした。
バリィッ
とガラスが砕けるような音を立てて魔法陣が効果を発揮する前に砕け散る。
「グッ!」
発動前で魔力を注入している最中だったということもあり、魔法陣の破壊によるダメージがフィードバックしてくる。
急激な魔力の逆流で一瞬、視界がホワイトアウトした。
女を拘束していた魔力腕の制御も疎かになってしまい、その一瞬の隙をついて女に魔力腕を破壊されてしまう。
「アヤ! すまぬ、そちらに行った!」
閉じた視界のままアヤへと注意を飛ばす。
何度も目を瞬き、すぐに回復させた視界で素早く追いかけると、すでに女はアヤの背後へと迫っていた。
「行かせません」
「何してんだスズ!」
儂への文句を垂れつつ、足を止めずに背後へと苦無を投擲するアヤ。
不自然な体勢で投げたというのにそれは狙い違わず女の額へと真っ直ぐに飛んでいく。
「こんな玩具、私には効きませんよ」
女も足を止めずにそれを片手で掴み取る。
それだけでなく、掴み取ったその苦無を反対にアヤへと投げ返した。
「ウワッ! ハチャメチャだなアンタ!」
飛んできた苦無を寸でのところで躱すアヤ。
しかし――
「追いつきました」
攻撃を躱したことで速度の落ちたアヤに女が追い付いてしまった。
女はアヤの着ていた制服の後ろ襟を掴むと グイッ と引き寄せ、そのまま儂の方へと放り投げる。
「うぉぉぉぉぉぉ!」
声を上げながら10メートル程飛んだアヤだったが、それでも着地前に体勢を整えて着地した。
「おいスズ! 何が抑えておくだ!」
「そのことに関してはスマンかった。予想以上に強いわい」
「んじゃどうすんだよ、もう時間もないぞ?」
「わかっておるわい……ハァ、これは使いたくなかったんじゃがな」
儂はダーインスレイブを魔法陣で亜空間へと戻し、代わりの武器を取り出す。
取り出したのは真白な一本の槍。
穂先には大きな1つの刃と、それを取り囲むように配置された小さな4つの刃の計5つの刃がついている。
石突から刃の先までで3メートル程はあるか、とんでもなく長い槍である。
それがこの空間に出現しただけで空気が キン と冷える。
隣にいたアヤも「さっむ!」と言って両腕で自分の体を抱え込んだ。
儂自身、持っている手が震えそうになるほど冷たい。
装備者自身が持ちたくないような武器をなんだって儂は作ってしまったのか。
「……それは、とんでもない武器ですね」
「わかるのか。ならば退いてくれんかの?」
無用な争いはしたくない、と言うよりもこの槍を使いたくないので退いてくれるように伝えてみる。
「それは出来ません、お母様の命令ですので」
しかし、それは瞬時に断られてしまう。
命令か……これほどの者を従えるお母様とはいったい誰なのか。
そもそも目の前の女は何者なのか。
「……そうか、ならば動けなくしてその〝お母様〟とやらについても、そしてお主についても詳しく聞かねばならんな」
答えて、槍を構える。
突き刺すのではなく、槍投げ選手のような肩上で構える投擲の構えだ。
そうして構えた槍に魔力を注いでいく。
魔力が注がれるたびに槍の温度はどんどん下がっていく。
周囲も真冬の如き冷たさに代わり、空気が冷やされ周囲に白い冷気が発生し始めた。
それだけでなく、槍から バチバチ といった音が響き始める。
槍の穂先を中心にして青白いスパークが光っていた。
帯電し始めたってことはもうそろそろ十分か。
しかし魔力を溜めている間、せっかくアヤが警戒してくれていたっていうのに攻撃してこなかったな。
……まぁいいか。
もう持ってるの辛いし。
冷たさと電気のダブルの攻撃を使用者に加えるとか、武器として間違ってるのじゃ。
「死なないでくれよ……貫け『ブリューナク』!」
叫び、大きく腕を振って槍を打ち出す。
ドギュンッ
魔術で作った擬似超電磁砲で射出した槍は軽々と音速を超えて一陣の雷光と化す。
「これは、凄まじい威力ですね」
内包された魔力量と音速を超えた物理的な破壊力を見ての感想だろう。
槍が女に到達するまでに一瞬だったはずだが、なぜだか女の声が聞こえた気がした。
バァッンッ!
とんでもない衝撃音があたりに響き、眩い閃光が周囲を照らす。
ブリューナクが標的を捉えたのだ。
激突した地点を中心に バリバリバリッ と電撃とスパーク音が断続的に轟く。
同時に キンッ と澄み渡る音と共に地面から氷の槍が何十、何百と出現した。
それらが数秒ほど続き、ようやく収まっても攻撃の余波である土埃と氷の冷気とで様子は確認できない。
ただ、その土埃を突き破ってブリューナクだけは儂の手元へと戻ってきたが。
「……なぁ、あれ生きてるのか?」
「だ、大丈夫じゃろ」
久しぶりに使ったせいで全く加減がわからなかった。
思った以上の威力にアヤの疑問も当然だろう。
儂自身も自信がないし。
しかし、それは杞憂に終わる。
土埃と冷気が風で流され、視界が晴れる。
大きなクレーターと、その中にびっしりと生えた氷の槍。
そこには、ちゃんと女の姿が存在した。
両腕とも無くなり肩から先は何もなく、氷の槍に体中を貫かれた状態だったが。
だが不思議なことに、その表情に痛みの色は無く、その体から一滴の血も流れ出ていなかった。
「おーい、生きてるか?」
「えぇ、生きていますよ」
無遠慮なアヤの問いかけに女は平然と答える。
「そんなんでも生きてるのか」
「えぇ、私は人間じゃありませんから」
「そっか。まぁそりゃそうか」
「アヤ、喋っている暇などないぞ! 早く追うのじゃ!」
「あ、そうだったな!」
儂の言葉に駆けだすアヤ。
しかし――
「残念ですが、5分です」
言葉と共に、1人の警官の声が届く。
「スズさん! アヤさん! 『漆黒蝙蝠』が奪われてしまいました!」
「ッ! まだじゃ! まだトラップがある!」
言った瞬間、正反対の方向で ドォン と爆発音が響いた。
「あっちか!」
「間に合わなかったか……」
「諦めるでない! 逃がさなければよいのじゃ!」
儂とアヤは2人そろって爆発のあった方へと駆け出した。
☆★☆
スズとアヤの2人が走り去った後。
「……だいぶやられたな」
残された女に、そう言葉を掛けたのは先程やってきた警官だった。
警官は氷の槍の穂先部分を信じられないバランス感覚で、危なげなく歩き女の元までやってきた。
「……貴方は?」
「お前と同じさ、お母様に作ってもらったモノだよ」
「……なるほど、では私をあの2人の元へ連れて行ってください。止めなければ」
強引に体を動かし、氷の槍を引き抜こうとする女。
「おいおい、無理すんな。それにその必要はねぇよ」
クイッ と親指である方向を指す警官。
そこには――
[カンシャ スル]
ここにいるはずのない『影』がいた。
「え、なぜここに?」
「反対側の爆発は囮だ、俺が発動させた奴だ。こうしてあいつ等の目を逸らした内に、最初に開けて貰った場所から逃げてもらうって算段なわけよ。
そこなら罠はもうないしな。ということでほら行った行った、早くしねぇとアイツら返ってくるぞ」
[ワカッタ サラバダ]
そうして『影』は走り、すぐさま夜闇へと消えていった。
「さて、それじゃ俺達も帰りますかね」
警官は『影』を見送り終わると、そう言って トン と女の額を人差し指と中指で押す。
すると、女の姿は瞬時に宙へと溶けて青い蝶だけがあとに残った。
「初陣にしてはなかなか良くやった方だな」
その蝶を優しく両手で包んだ警官は、優しく呟く。
「お母様には俺からも良く言っておいてやるよ、今は休め」
そのまま警官も歩きだし、教会の敷地から出ていく。
残されたのは氷の槍がびっしり生えたクレーターのみ。
数分後、スズとアヤの悲しみの叫びが響くことになった。
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↑これいつの間にか書かなくなっていましたが復活させます。待ってます。




