アヤは一度も俺に勝ったことがないんだぜ
昨日投稿できなくてすいませんでした。
「来ました」
写楽さんがそう言った瞬間、俺は駆け出し彼女の横に並ぶ。
「どこです!?」
「師里くんの言った通りですね、ドンピシャです」
目を前へと向けたまま俺の問いに、答えにならない答えを返す写楽さん。
「影です、敵は周囲の影に潜んでいます」
「わかりました、引きずり出します!」
「いえ、大丈夫。私がやります!」
そう言って写楽さんが目の前の闇を睨み付けた瞬間――
教会を取り囲んでいた闇の中から1つの人影が飛び出てきた。
そいつは話に聞いていた通り、確かに忍者装束のアヤに似ていた。
シルエットだけ、だが。
影がそのまま実体を持ったかのような、文字通り真黒な人『影』だった。
「おぉ~、さすが『神眼』」
「フフッ、それ程でもないですよ」
感嘆の声を上げると満更でもない表情を見せる写楽さん。
これこそ彼女の超能力『神眼』。
視界に写るすべてを支配する圧倒的な能力。
彼女が〝止まれ〟と思えばその対象は止まる。
彼女が〝動け〟と思えばその通りに動かされる。
しかもそれは通常空間だけではない、彼女が捉える異空間にも効果を発揮する。
勿論、影の世界にも。
対象との距離や数によって効果は減衰してしまう欠点もあるが、それでも十分に強力な能力だった。
その能力でもって影の世界から『影』を引きずり出した。
だが――
「クッ、なんて力!」
引きずり出したその『影』が写楽さんの見えない拘束を振り切ってしまった。
そしてその勢いのまま数メートル飛び、こちらへと駆け寄ってくる四十万の方へと向かう。
だが、当の四十万は何かに気を取られていて動かない。
「ッ! 四十万! 伏せろ!」
駈け出しながらとっさに叫ぶ。
ギリギリなタイミングであったがその声で事態に気付いたのか、弾かれたように伏せた四十万の上を通り過ぎる『影』。
「オラァッ!」
その『影』が着地したところに勇者光を纏わせた蹴りを放つ。
宙に光の粒子を撒き散らし迫るが、敢え無く察知され避けられてしまう。
しかし、おかげで四十万から『影』を引き離すことが出来た。
「ケガないか!?」
「あ、あぁ。すまん」
『影』から目をそらさず強引に四十万を立たせる。
「でもどうした、あれくらいなら言われなくても避けると思ったが」
「……報告に驚いてしまったんだ」
「報告?」
気まずそうに答える四十万に再度問いかける。
「あちら側『漆黒蝙蝠』の方も攻撃されているらしい」
「はぁ!? なんだそりゃ!」
目の前にはすでにアヤから影を奪ったと思われるシャドウテイカ―がいる。
それなのにあっちにも現れただと?
それじゃまるで『影』が分身したかのような――
「クソッたれ! そういうことか!」
「なんだ、何がわかった?」
「『分身』だ! アヤ――いや暗殺者の能力の応用技で『影分身』ってのがあるんだよ。
それを使って2つの場所に同時に攻撃を仕掛けてきやがったんだ」
クッソ、失念していた。
アヤの知識や技術を持っているんだから考えておいて然るべきことだった。
「『分身』!? いや、しかしそれでは本物の暗殺者があの『影』に何かされたということになるんじゃないか?」
事実を知らない四十万がそんなことを言ってくる。
「そうだよ。勇者一行何て呼ばれてるけど中には大馬鹿やる奴だっているってことだよ!」
『影』が飛ばしてきた真っ黒な手裏剣を勇者光を纏わせた拳で撃ち落としながら四十万に答える。
「お、おい! それじゃどうするんだ?」
まさかのことに狼狽したような声を上げる四十万。
コイツ、自分の想像外のことが起こると弱いなまったく。
「泣言言うな! あっちの奴らを信じて、俺達はここを死守するしかないだろ。
いいからお前は下がって他の奴らに指示をしろ!」
「わ、わかった。どうすればいい?」
「敵の正体は想像していた通りだった、計画通りに動いてくれ。
あと写楽さんとレイには俺が抜かれた場合の対処として後方待機しておくように伝えろ。それでも手が空くような能力者がいるようなら支援に回してくれると助かる」
「了解した、抜かれるなよ!」
指示を受け、自分のやるべきことがハッキリしたからか、いつもの調子に立ち直る四十万。
扱いやすいというかなんというか。
まぁ、動けないよりはだいぶマシだ。
「……さて、それじゃ俺は俺の仕事をしますかね」
体に力を漲らせ、目の前の『影』を睨み付ける。
[オマエ シッテイルゾ]
「なんだ、お前喋れるのか?」
口もないのにどこから声を出しているのだろうか。
[モロサト アキラ ユウシャ]
「アヤの記憶か……今はただの何でも屋だよ。それに、記憶があるならわかるだろ?」
口の端を上げながら告げる。
「アヤは一度も俺に勝ったことがないんだぜ」
言葉が消える前に俺は『影』の懐に踏み込んでいる。
素早く左拳を顔に突き出すと、『影』はそれを避けようと体を後ろにズラす。
「そういう癖も同じなんだな」
指摘と同時に俺はさらに踏み込み、その腹をオーラを纏わせた右拳で打ち抜く。
左拳は囮。
アヤには顔面への攻撃が来ると下がる癖があったが、それが同じかどうかを確かめるための攻撃。
勿論、出来た隙は見逃さなかったが。
[グゥ!]
呻き声を上げて数メートル吹き飛ぶ『影』。
「さてどうする? このまま戦ってもお前は俺には勝てないぞ」
[……ソノヨウダ]
「んじゃ大人しく捕まってくれるか? 無駄な争いはしたくない」
[ソレハ デキヌ]
「……そっか、んじゃとりあえず動けなくさせてもらう」
再び攻撃を加えようと力を込める。
だが――
[イヤ キョウハ ヒク]
「なに?」
[モクテキ ハ タッシタ]
「それはどういう――」
意味だ、と続ける前に背後の本部から声が届いた。
「師里! あっちが、『漆黒蝙蝠』がやられた!」
焦ったような四十万の声が俺の思考を奪う。
「なっ!? あっちにはスズもアヤもいるんだぞ! 2人は無事なのか!?」
背後へと振り返り、大声を張り上げる。
あの2人が出し抜かれるなど何らかのイレギュラーがあったとしか思えない。
だが、俺のこの行動は間違っていた。
一秒たりとも、敵から目を逸らすべきではなかった。
[ユウシャ ナカマノ キキニハ ヨワイ キオクノ トオリダナ]
耳に小さく届いたその声に慌てて『影』に視線を向けるが、すでに姿はなかった。
「写楽さん!」
「無理です、遠すぎて振り切られました!」
すぐに写楽さんに声を向けるが、返ってきたのは否定の言葉。
突破された時のことを考えて後方に下げておいたのが裏目に出た。
あの『影』を今夜中に再び見つけることは不可能だろう。
逃げて隠れたアヤを見つけることが不可能なように。
「チッ」
大きく舌打ちする。
失態だ。
自分のミスで分身とはいえども敵をみすみす逃がしてしまった。
なにより、こちらが相手を知っていたように相手も俺のウィークポイントを知っていると考えていなかったのが悪かった。
だが――
バチン
と両手で自分の頬をたたき気合を入れなおす。
落ちこんでいる暇などない。
とりあえず今日は引いたのだからここにある『蒼白月』を守ることはできた、それで良しとするしかない。
それに『漆黒蝙蝠』は盗まれたのだ。
逃げたのもそれがあったからだろう。
あの2人がいて盗まれたのだ。
ただ事ではない。
何があったのか、それを正確に把握しなければならない。
「あ、師里。スマン、注意をそらしてしまって」
本部テントに駆け戻ると、四十万が頭を下げてきた。
「いや、目を逸らした俺が悪い。気にするな。
で、何があったんだ?」
「わからない、あっちからも奪われたという報告が来てから音信不通で……」
ガリガリと頭をかきながら答える四十万。
四十万も状況が把握できないのがもどかしいのか、イライラしている。
本当に、何が起こっているっていうんだ。
どうか無事でいろよ。スズ、アヤ。




