その人は『暗殺者(アサシン)』ですよ
「その人誰?」
事務所にやって来たレイが問いかけてくる。
依頼人だと思わなかったのはアヤが俺達と親しげに話していたからか、それとも怪しさ満点の忍者装束だからか……。
どっちにしてもどんな風に説明したものか。
本当のことを言うわけにもいかないし、言ったとしても悪い冗談としか取られないだろう。
「もう、そんなのわかりきったことじゃないですかレイ」
どう説明しようか考えている途中、そんな声が思考に割り込んできた。
「その人は『暗殺者』ですよ」
言葉を発したヒトミちゃんはなんてことない様にそう告げた。
「ッ!」
思わず声が漏れそうになったが寸でのところで抑える。
ちょっと待て待て!
なんだってヒトミちゃんがアヤの正体を知ってんだ!
頭の中が混乱しそうになる。
しかし――
「でも本当にすごいコスプレですね。まるで本当の暗殺者みたいですよ」
「……ハ?」
アヤに近寄り、ヒトミちゃんが続けて言った言葉に間抜けな声を出してしまう。
……コスプレ?
「その服なんの素材で作ってるんですか?」
「おぉ、お前目のつけどころがいいな。これは火鼠の毛皮でつくってんだよ」
「火鼠!? すごいですね!」
「ククク、これを手に入れるのは骨が折れたぜ」
けれども、俺のそんな驚きなどどこ吹く風で装備について楽しそうに話始めるアヤとヒトミちゃん。
なるほど、コスプレだと思ったわけか。
……まぁいいや。
正体がバレたわけじゃなさそうだし。
いくらアヤでも一般人に下手なこと言わないだろ。
「ちょっと、本当に誰なのよあの人」
「……そっか、まだお前がいたな」
「ハ? なにブツブツ言ってんのよ」
ホッと一息ついていたが、背後からかけられたレイの声にぼやきながら振り替える。
「あー、アイツはその、なんだ……」
「何よ?」
どう説明した方が一番丸く収まるのか。
う~ん、やっぱり――
「じゅ、従業員?」
「なんで疑問系なのよ。てかまた新しい人雇ったの?」
「あぁ、いや、アイツは最初っからの従業員だ。今までちょっと出掛けてたんだよ」
嘘ではない。
アヤも事務所の設立当初はいたし。
「ちょっと? 今まで見たことないんだけど、どれくらい出掛けてたのよ」
「に、2年くらい?」
「ハァッ!? 2年って事務所作ったばっかでしょ! ほとんど働いてないじゃない!」
大声をあげるレイ。
まったくその通りです、ハイ。
「お、俺の知り合いなんだよ」
「……アンタの事務所だからなんにも言わないけどさ、そんなことばっかりやってるといつか潰れるわよ」
心配してくれているのか!
お兄ちゃん嬉しい!
でも――
「その事なら大丈夫だ。……おーい、アヤ」
「ん? なんだアキラ」
ヒトミちゃんと話していたアヤを呼ぶ。
アヤは物音をたてず静かに、それでいて素早く近くに来る。
「渡しといた〝アレ〟返してくれ」
「良いのか? 『あると使ってしまいそう』って言ってたのはお前じゃないか」
「お前が2年も帰ってこないとは思わなかったからウチの事務所は崖っぷちなんだよ。いくらか引き出したらまた預けるから、頼む」
「……おいスズ、本当か? アキラは時々ズル賢い嘘をつくから信用ならないんだが」
昔の仲間からの厚い信頼に涙が出そうだぜチクショウ!
「あぁ〝アレ〟か。まぁ、確かに事務所の経営はカツカツじゃな」
「うーん、だったらいいか。ほれ」
懐から取り出したそれを俺に向かって放り投げてくるアヤ。
パシッ と宙を飛んできたそれを掴み取る。
「なにそれ?」
「ん? ただの通帳だよ」
「……なに? その人にお金もらってるの?」
「そんなに軽蔑した目で見るなっての。俺の通帳だよ、預けといたんだ」
レイの問いかけに飛んできた通帳の表紙を見せる。
これは勇者時代に各国からもらった報奨金を入れてある通帳だ。
見たこともないような金額が入ってるんだが、手元にあると使ってしまいそうで不安だったから事務所を立ち上げた後はアヤに預かっていてもらったのだ。
ちなみに、なんでアヤに預けたかというと理由は単純。
アヤは機械音痴だから持ってても引き出すことが出来ないし、ブレイバーズの中で唯一、大戦中と同じ実力を保持したままだったからだ。
世界一安全な金庫代わりってわけだ。
その通帳を見ながらレイが怪訝な表情を浮かべる。
「通帳ってなによ? なんで元ニートのアンタがそんなの持ってるの?」
「……まぁ細かいことはいいじゃないか! 潰れたりする心配は当分ないから安心してろ」
鋭い指摘をうけて額を汗が流れる。
ヤッベー迂闊すぎた!
「と、とりあえずコイツは神藤アヤ。俺の知り合いで……ここの従業員だ。だよな、な?」
焦りながらその通帳をポケットに押し込み、話を変えるためにアヤのことを紹介する。
「うん? あぁ、そういうことか。よろしく頼む。
……ところでお前達は誰だ? 2年前にはいなかったよな」
突然のことだったが、まるで動じずに挨拶を行うアヤ。
しかし、レイとヒトミちゃんを交互に見て問いかけた。
今更疑問がわいてきたらしい。
「そうか、初対面だもんな。彼女達はウチで働いてる従業員だよ」
「ども、師里レイです」
「初めまして、東堂ヒトミです」
俺が説明すると同時に2人が挨拶を行う。
「なるほどなるほど、オレの後輩ってわけだな」
「いや、お主はほとんど働いたことないじゃろうが。先輩面できるか」
その挨拶を受けて先輩風を吹かせようとしたアヤにスズが即座にツッコミを入れた。
「え~、いいじゃんか、初めての後輩なんだし。
……まぁ、しばらくは厄介になると思うからよろしく頼む。後輩諸君」
「やった! ではまた時間があるときに色々とお話聞かせてくださいね!」
「おう、何でも訊いていいぞ!」
アヤの言葉に喜びの声を上げるヒトミちゃんと、それに答えるアヤ。
なんだか気が合うのかもしれないな、この2人。
「――あ、そういやそっちのは師里レイって言ったか」
「え? あ、ハイそうですけど」
「……ふーん」
しかし、ヒトミちゃんと話していたアヤが唐突にレイへと視線を向ける。
そしてゆっくりとレイの足から頭までゆっくりと目を移した。
「――なるほど」
「一体なんなんですか?」
無遠慮な視線に少し苛立ちながら問いかけるレイ。
「あぁ、いやスマン。お前がアキラの妹だっていうからさ」
「……それが何か?」
「さすがアキラの妹だと思ってな」
「……どういう意味ですか?」
「いや、深い意味はない。ところで――」
「はい?」
「その服かわいいな、どこで売ってるんだそれ?」
レイとヒトミの着ている、杜宮高校のセーラーブレザーの制服を指差してそう言った。




