私はアイツ嫌いだし頼みごとなんか絶対イヤ
<師里レイ>
「あーもう! 最悪!」
クラスメイトの立花が月曜日の朝から憤慨していた。
「どうしたの?」
「あ、師里。聞いてよ! 私この前バイトいってきたんだけど最悪だったの!」
大きな声を出す立花。
その声につられて他のクラスメイトもよってきた。
「え、立花バイトなんかやってたの?」
「ちょっと今月厳しくて、給料の良いバイト見つけたからやったのよ」
「へ~、なになに?」
「……トラブルバスター」
周りのそんな問いかけに、立花はうんざりした顔で答えた。
「トラブルバスター? なにそれ」
「何でも屋って言うのかな、でもちょっと特殊で特殊災害限定の、だったけど」
その言葉に嫌な予感がした。
3年前の魔族侵攻。
それが勇者によって撃退され、世界に平穏が戻ったのもつかの間。
平和になった世界は以前の世界ではなかった。
異世界からの侵攻によるバランス崩壊だか詳しいことはよくわからないけど、世界に魔力が生まれ満ちていた。
その魔力は一部の人々影響を与え、彼らを超常現象を起こせる所謂、超能力に目覚めさせる。
人類は新たに得た力に戸惑いを隠せなかった。
しかし、影響を受けたのは人だけではなかった。
同時に現在では『特殊災害』と呼ばれている超常災害も起こり始める。
例えば、昆虫が巨大化した。
例えば、意思を持つ台風が暴れた。
例えば、吸血鬼が人をさらった。
魔族が去った後にも、今までの常識では測れない、ファンタジーの中にいるようなモンスターが出現するようになったのだ。
それらは人に害を与えないものもいたが、反対に人を虐殺するものもおり、早急な対処が求められたが、それらには魔族同様に現代の銃火器は効かず、勇者も姿を消した世界では対処することが出来ず再び混乱へと戻りかけた。
しかし、それを収めたのが能力に目覚めた人々『能力者』。
目覚めた彼らの様々な能力は、特殊災害に対して有効であった。
彼ら能力者は彼ら同士で集まってコミュニティを各地に作り、特殊災害に対応し、鎮圧を始めた。
その甲斐あって特殊災害による混乱はなんとか収まりをみせはじめた。
そして現在、彼らのコミュニティは会社という形態へと変化している。
それは警備会社であったり、駆除会社であったり、そして……何でも屋であったり。
勿論、政府でも能力者を雇用した対策部署を作ったのだが供給を需要が大きく上回るために、民間の方が給料が良く、優秀な人材はほとんど民間企業に流れてしまっている。
そんな彼らが日々起る特殊災害に対応してくれる。
だから『特殊災害対処には民間企業を』というのが一般常識となっており、彼ら能力者の働きによって現在の平和は保たれているのだ。
そして、この杜宮市にもそうした特殊災害の対応を生業とした会社がある。
街の一角、小さな古いビルに居を構えたそれの名前は「B&Bトラブルバスターズ」。
私の兄が作った会社だ。
このB&Bってのが何を指すのか未だにわからない。
まぁひきこもりでアニメオタクの兄がつけた名前だ、大した意味などないのだろう。
多分何かのアニメのキャラからとったりでもしてるのだと思う。
3年前、魔族侵攻が始まると同時に私を親戚の家に預けて姿をくらませた兄。
1年間全く音信不通だったって言うのに、魔族の侵攻が終わると同時にひょっこり帰ってきた。
何をしてたのか尋ねたら「勇者やってた!」とか言いやがった。
アニオタヒキニートが何言ってる、本物の勇者に謝れ。
もうその時点で何をしていたのかと訊くことはやめた。
本気で答える気がないと思ったし、どんな理由があったにせよ私を1人置いてどこかに行ってたのは事実だったから。
そんな兄が2年前に帰ってきた時には能力者になっていた。
そしてあろうことか奴は特殊災害専門の何でも屋なんぞを作りやがった。
大学卒業してヒキニートなんかやってる奴に経営なんか出来るわけがないと思ったけど、奴の知り合いらしい古臭い口調の美人の女の人にサポートしてもらってるみたいで何とか今まで潰れないようにやってるみたい。
とにかく、私の人間のクズみたいな兄はこの街で特殊災害のトラブルバスターをやっている。
それが立花の話と関係があるような気がしたのだ。
「ねぇ、立花。もしかしてそれってB&Bトラブルバスターズってとこ?」
だから立花にそう尋ねた。
「え? うんうん、そうだよ。師里なんで知ってるの?」
「……ちょっとね。で、何が最悪だったの?」
「そう! それなんだけどさ、4丁目の空き家わかる? あそこに特殊災害が発生してさ~」
待ってましたとばかりに話し始める立花。
でも4丁目の空き家って言うとあそこかな、結構大きな屋敷が建ってた場所。
あそこで特殊災害か……。
「うん、分かる。けどそもそも立花は能力者じゃないでしょ、そんなところでよくバイトできたね」
「あぁ、まぁ本当は事務だけのはずだったんだけど……何か所長とかって人が遅刻したらしくて、能力者の女の人と記録のために現場に駆り出されたのよ。そしたらチョーデカイ蟻がワサワササーって巣穴から出てきてさ! 信じらんない!」
なるほど、所長が遅れたから出なくてもいい立花が現場に出ることになったと。
……あのクズ。
自分の仕事も満足に出来ないのか。
心の中で悪態をついていると、周りの女子達が立花へと同情の声をかけ始める。
「マジで!? こわ~い」
「ケガとかなかったの?」
「ソッコー逃げたから大丈夫!」
「でも災難だったわね」
「ホントによー、すぐに辞めたわ。やっぱり一般人には特殊災害の相手なんか荷が重すぎたって感じ」
「ああいうのは能力者に任せるのが一番でしょ」
「でもバイト辞めちゃったんなら、今月がピンチなのは変わってないよね」
「そこが困った所よ。またバイト探さないとな~」
「そういえばウチのバイト先で今募集してるよ」
「え、マジマジ!?」
話題はすぐに他のバイトの話へと移っていく。
所詮、特殊災害なんかは私たち一般人には縁遠い話だからだ。
「みんな、その巨大蟻の特殊災害がどうなったかには興味ないようですね」
一部の例外を除いて、だけど。
「ヒトミはやっぱり興味あるんだ」
その一部の例外、いつの間にか近くに来ていた友達の東堂ヒトミに問いかける。
「えぇ、ですがその件については昨日の時点である程度は調べたので顛末は知っています」
「へぇ~」
「……やはり気になります?」
「はぁ? なんで」
「フフ、心配しなくてもお兄様が巨大蟻を一掃しましたよ。少し到着に時間はかかりましたが、それまでは助手のスズさんが抑えてましたし大した被害も出なかったです」
「だーかーら! 別に気になってないっての」
「あらあら、そうでしたか」
この東堂ヒトミは高校からの私の友達だ。
頭がよく、人当たりも良いポワポワとしたお嬢様っぽい娘なんだけども、1つだけ変わった欠点がある。
フワフワとした外見や雰囲気とは正反対に、なぜだか特殊災害が大好きなのだ。
能力者でもなく一般人なのだが、特殊災害の現場に野次馬に行ったり、特殊災害の記事をスクラップしたりとかなりアクティブなオタクだ。
なぜだか私の事もアイツの妹だと知っていたし、特殊災害の事に関しては学校一だと思う。
……結構うまく隠してると思ったんだけど、どこから気付いたんだろうか。
「でも迂闊でした、もうソロソロ新しいバイトを募集する頃かと狙っていたんですが立花さんに先を越されてしまうとは」
「あ~、なんか給料は良いみたいだしね」
「そうですね、だからいつも募集直後には人が集まっちゃって。私は応募すらできないんですの。あぁ、優しい友達が話を付けてくれないかしら」
「そんな潤んだ目で見てもダメ。私はアイツ嫌いだし頼みごとなんか絶対イヤ」
「ケチですわね、レイは」
「ヒトミは特殊災害関係だとなりふり構わないわよね」
「生き甲斐ですから!」
ドンと胸を張るヒトミ。
「はぁ、アンタは生き甲斐があっていいわね~」
「レイには何も無いんですの?」
「無いね。やりたいことも、興味のあることもないし」
「枯れてますわね……あ、そうだ!」
「ん?」
「ならお昼休みに付き合ってくださいな」
「何に?」
「この学校のゴースト探しです!」
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