影を取られたらお前は能力使えないだ(じゃ)ろうが!!!
部屋の奥から現れた10代ほどの中性的な少女――アヤに俺とスズの視線が刺さる。
「それはさっきの女の話についてか?」
「当たり前じゃ、なんだってあんなことしたんじゃ? というか、そもそもなんだってそんなとこにいるんじゃ?」
「ちょっと驚かせようかと思ってな。あと、昨日の件については誤解だ、オレはそんなことしていない」
そんな俺達の視線を受け流しながら、両手を上げて無実を主張するアヤ。
「……それは本当か?」
「なんだ、昔の仲間よりあの女の言うことを信じるのか?」
「……そういうわけじゃないが」
「まぁオレがお前の立場でも、今の状況ならば簡単に信じないとは思うけどな。
7層に及ぶ多重防壁だって? 確かにそんなものを無傷で通り抜けんのは俺達じゃなきゃ無理だ。
だが、オレじゃぁない。
……まぁ、無関係ってわけじゃないんだけどよ」
俺の問いかけに気分を悪くしたかに見えたアヤだったが、すぐククッと笑い声をあげた。
「なんじゃと?」
「どういう意味だ?」
スズと同時に疑問の言葉を投げかける。
「あー、話が長くなるがいいか?」
「当たり前だ、納得のいく説明をしろ」
気まずそうな目を向けてくるアヤに間髪入れず返す。
「お前が『修行してくる』って出て行ってから2年間。今まで何してたんだ?」
「……焦んなよ、とりあえずお茶かなんか出してくれや」
☆★☆
「そもそもの発端は1週間くらい前だ。武者修行中だったオレはここから少し離れた山の中である〝敵〟と出会った」
淹れたお茶が半分くらいに減った頃。
来客用のソファーにドカッと座って足を尊大に組んだアヤが口を開いた。
「〝敵〟じゃと?」
「得体が知れずかなり手強い、な」
「人か?」
「いや、特災だった。人型だったけどな」
「……お前相手でも手強いってのか?」
「勿論、負けるって程ではなかったけどな。
だが瞬殺できるって程に弱くもなかった」
アヤはククッと笑う。
まるでその戦いが面白かったかのように。
「なるほど。で、ソイツがどうしたんじゃ?」
「オレ達は真っ暗な山の中を縦横無尽に戦いまわった。でもま、お前達も知っての通りオレの本分は暗闇にこそある。
数分間戦って相手を徐々に追い詰めていき、オレ勝負を決めるために〝アレ〟を使った」
「アレというとお前の超能力『影繰』か?」
「ご明察、って程でもないけどな。オレが特災を殺すにはそれしかないからな。
――だが、それが間違いだった」
「何?」
「『影繰』で奴を飲もうとした瞬間、逆にオレの影が奴に食われちまったんだよ」
「「は?」」
「なんだよ、2人して間抜けな顔して」
同時に疑問の声を上げた俺達に、馬鹿にしたような目を向けてくるアヤ。
「いやいやいや!」
「それって相手は『シャドウテイカー』だったってことか!?」
シャドウテイカ―。
そいつは人の影に潜み、その影を食って生きる特殊災害。
その存在が特殊すぎて分類もされず、ほとんど遭遇例もない珍しい特災。
そんな珍しいやつと戦ったっていうことも驚きだが、俺達が驚いた声を上げた理由はもう一つ。
むしろそっちの理由のほうが大きい。
「あぁ、そういうこったな。通りで途中で影の中に何回も消えたと思ったぜ」
「バカか!」
「その時に気付け阿呆!」
「なんだよなんだよ、そんなにバカ扱いしなくたっていいじゃねぇかよ」
「当たり前じゃろ!」
「だってお前――」
「「影を取られたらお前は能力使えないだ(じゃ)ろうが!!!」」
怒鳴られて首をすくめるアヤのその足元には、確かに影が存在しなかった。
☆★☆
「それで、お前はこの1週間そのシャドウテイカーを追っていたと?」
「あぁ、んでこの街にまで来たからお前らの手を借りようかと思ってな」
「……昨日『紅十字架』を盗んだっていうのは……」
「オレの影を食ったシャドウテイカ―だろうな。オレのスキルや知識を丸ごとコピーしてんだ楽勝だろう」
「莫大な魔力ってのは?」
「影食う時に魔力も半分くらい持ってかれたんだよ。まぁ、魔力の使い道もないから不便じゃないけどな」
「ンなこと言ってる場合かよ」
「しょうがねーじゃん、焦ったってなんにもなんねーし」
「……で、どうするつもりじゃお主は」
事態の深刻さをまるで理解していないアヤにスズが問いかける。
勇者の1人と同じ知識と技術を持って、勇者の半分の魔力を持っている奴が勝手に動いているとかAやSランクの危機なのに。
「ま、影とられたってのも落ち着かねーし、それ使って好き勝手されんのも気にくわないからな。
取り返しにいくよ」
その問いかけに気軽な調子で答えるアヤ。
「そうか……それじゃ写楽さんの話受けるか」
「写楽ってさっきの女か? 何でだよ、オレ達だけでやりゃいいじゃん」
俺の言葉に反論してくるアヤ。
コイツ、マジで状況わかってンのか?
「あのなぁ、俺やスズは全盛期程の力はないし、どっかのバカは影がなくて能力使えない。こんなんでどうすんだよ。
相手はお前のコピーだぞ。逃げる、隠れるが十八番なのにどうにかなると思うか?
それに写楽さんと別で動くってことは、写楽さんよりも先に見つけなきゃいけないってことだ。
運良く先に見つけられればいいが、あっちが先に見つけて倒されちまったらお前の影が戻ってこないかもしれないぞ」
「な、なるほど!」
「それに写楽さんの超能力は『神眼』だ。こういうことには滅法強い。
写楽さんと一緒に探して、見つけたら何か理由をつけて引き離して影を取り戻す。これが一番だろ」
「わかったわかった、アキラの好きにしてくれ。オレは頭が良くないしな」
お手上げというように両手をあげて答えるアヤ。
そうして今後の方針が決まった、その時。
「こんにちわ~。出勤しました! ……あれ?」
「どうしたのよヒトミ、入り口で止まらないでよ……って誰その人?」
入り口から元気のいい挨拶と共に、2人の少女が入ってきた。
俺の妹である師里レイとその友人、東堂ヒトミ。
我が事務所の従業員とアルバイトである。
彼女達の視線は室内の一点を見ていた。
勿論、忍者装束の変な奴に。
さて、どうやって説明しようかな。




