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実はこのメガネ老眼鏡なんじゃ

<師里アキラ>


 俺の住んでいる杜宮もりみや市は都会って言うほどには栄えてなく、だからといって田舎と言うほどには寂れてない中途半端な街だ。

 駅だってそこそこ大きく、新幹線だって止まるしな。


 2年とちょっと前に一度半壊したけど、その前からずっと中途半端な街だったしそれが原因というわけでもないだろう。


 そんな街の中を俺は少し早足で進んでいく。

 通勤ラッシュ時を過ぎたためか、スーツ姿の人間は俺以外ではほとんどいない。

 代わりに子供を幼稚園に送っていく主婦や、井戸端会議をするおばちゃんたちの姿が多い。


「あれ、師里のお兄ちゃん、また遅刻かい?」


「もうこんな時間だよ、急いだ方がいいんじゃない」


「またあのかわいい子に仕事押しつけてるんだろ、もっと大事にしてやんなよ」


 一部のおばちゃんたちが俺の事を目ざとく見つけて声をかけて包囲してきた。

 地域密着型の仕事で、更に昔馴染みも多いからこういうのはよくあることだ。

 けど、遅刻した日に見つかるのはやっぱりめんどくさい。

 ……説教長いんだよおばちゃん達。


「ははは、また寝坊しちゃいまして」


「はぁ、2年前にようやく変わったと思ったのに、やっぱり怠け癖は直らないもんだねぇ」


「ひきこもりが外に出てきて、レイちゃんもこれで安心だと思ったのに」


「それよかその黒スーツに赤ネクタイってどんな趣味? ハッキリ言って似合ってないわよ、もっと爽やかなの着なさいな」


「いいじゃないっすか! カッコいいでしょ黒スーツに赤ネクタイ!」


「……まぁ、イケメンが着れば映えるんじゃない」


「……イケメンが着れば、ね」


「……レイちゃんはあんなに美人さんなのにね~」


「だぁー! 俺がイケメンじゃないってことくらいわかってますよチクショウ!」


 だめだ、この人たちに捕まってたら時間がどんどん過ぎていく。


「俺急いでるんで、また今度!」


 そう言っておばちゃん包囲網から抜け出て駆け出す。

 地元で開業なんかするんじゃなかった!

 やりにくいったらありゃしない。


 ☆★☆


 街の一角に小さなビルがある。

 3階建てでこじんまりとした、少し古いビルだ。


 俺の持ちビル。


 まぁ、買ったわけじゃないけどね。

 勇者やってるときにある爺ちゃん助けたらくれたんだ。

 報奨金使ってもっとデカいビル買ったり、立て直すこともできたけど流石に爺ちゃんの好意を無碍にすることは出来なかった。

 だから清掃とちょっとしたリフォームだけして、今は俺の事務所として使ってる。


 あ、ちなみにその爺ちゃんは田舎に引っこんで趣味で農業やってる。

 時々野菜送ってくれる気のいい爺ちゃんだ。



 そのビルの2階、事務所のドアをこっそりと押し開ける。

 姿勢を低くして僅かな隙間から室内に入り――


「コソコソせんでもいいわ、お主が来たことくらいとっくにわかっておる」


 軽やかなババア口調の声が投げかけられた。


「いやスズさん、これはコソコソしていたわけじゃなくて床にゴミが落ちていてですね――」


「ほぅ、毎朝儂が掃除しているこの事務所にゴミが落ちていたとは、それは申し訳なかったな所長。すまんがそのゴミとやらを儂にも見せてくれんか?」


「……ごめんなさい」


「それは何に対しての謝罪かの、嘘をついたことか? 遅刻したことか?」


「……全部です」


 事務机で書類仕事をしたまま、こちらに目を向けることさえせずに会話する女性に頭を下げる。

 ババア口調でありながらも見た目は10代の少女に対して、頭を下げる。


 薄幸の美少女然とした儚げな美貌。

 足元まで届きそうな長い黒髪は後ろで一つにまとめられている。

 その目に掛けられた縁無しメガネが理知的さを増させている。

 文句なしの美少女。




 とは初めて彼女を見るやつの感想。

 見た目10代の薄幸の美少女でも中身はババくさいし。

 髪だってよく見れば手入れもされずに結構痛んでて、長いのだって切るのが面倒なだけ。

 メガネに至っては本人は「遠視じゃから書類仕事の時に使っているのじゃ」と言っているが、あれは多分老眼鏡の類だと睨んでいる。

 極めつけに彼女の服装。

 ダッサイ黄緑色のジャージを着こんでいてはその美貌だって陰る。


「何か失礼なことを考えておらんか?」


「いや、全然」


 ドキッとしたがポーカーフェイスを貫き、少し離れた位置にある所長の席に向かう。

 しかしその途中、スズの近くを通った時にボソッと彼女が呟いた。


「……実はこのメガネ老眼鏡なんじゃ」


「え、やっぱり!」


 ハッ!

 思わず反応してしまったが既に遅い。


「やはりか! やはりそんなことを考えておったか!」


 イスを蹴飛ばす勢いで立ち上がり、俺の胸ぐらをつかみあげるスズ。

 そのままガクガクと揺さぶってきた。


「儂の体はまだ10代じゃと何度も言っておろうが!」


「でも中身はバアさんだし、体もそっちに引っ張られるんじゃ……」


「そんなことあるわけないじゃろうが! 儂はまだピチピチのティーンエイジャーじゃ!」


「ピチピチとかも今じゃだいぶ死語だと思うけど」


「ウルサイウルサイウルサイのじゃ! 体年齢が若ければ少女と名乗っても問題あるまい!」


「いや、問題ありまく……」


「問題な・い・じゃ・ろ?」


「あぁ、全くないな」


「ふん、わかればいいのじゃ。2度と儂の事を年寄扱いするでないぞ」


「だったらその喋り方自体変えればいいのに」


「今更喋り方を変えることなど出来んし、するつもりもない。メンドクサイ」


 だからババくささが抜けない、とは思っても言うまい。

 頭が揺さぶられすぎて気持ち悪いんだ。


 頭の痛みを押さえて、どうにか自分の席にたどり着く。

 ドシッと腰を下ろしてゆっくりと事務所を見回して、そこであることに気付く。


「あれ、バイトの子は?」


 一昨日に雇った新しいバイトの子の姿が見えなかった。


「何を言っておる、昨日やめたじゃろ」


「え、そうだったっけ?」


「報告はしたはずじゃが」


「ゴメンゴメン、でもやめるの早かったな。今までで最短記録?」


「まぁ、初日からあれほどの現場だったのだから続けられぬと思っても致し方ないじゃろ」


「初日って言うと昨日の巨大蟻ジャイアントアントの駆除だよな、あの子いたっけ?」


「……お主が遅刻したせいで儂とあ奴の2人で現場に入り、巣穴から百ほど湧き出した時点で逃げ出したわい」


「あ~なるほどね」


「他人事のように言うでないわ。お主が時間通りに来て一掃しておれば、あ奴もやめなかったじゃろうに」


「いや~、巨大蟻ジャイアントアントはただグロテスクなだけで危険性もないし、そこでやめるんだったらそこまでだろ」


「そんなものか?」


「そんなもんよ」


「ふむ。だが、儂はお主がもっと焦るかと思ってたんだがそうでもなかったな」


「焦る? なんで?」


「あ奴はお主の妹の級友であろう、お主が遅刻したせいで級友が嫌な目にあったんじゃ。また嫌われるのではないかと思っての」


 その言葉にサーっと血の気が引く。


「え? 級友? え?」


「お主は妹を過剰に気にするくせにその周囲には気を配らんの~、あ奴と妹

はまぁそこまで仲が良いわけでないようだが級友として普通程度には交流があるぞ」


「……マジか」


 机に突っ伏す。

 思い返してみれば今朝の態度はいつも以上に冷ややかだった。

 それはアルバイトに来ていた級友にヒドイ対応をしたのが原因だったのかもしれない。

 今日が週始めの月曜日だけど、今じゃメールやSNSなんかで休日でも簡単に連絡とれるし。


「どうすればいいと思う?」


「どうしようもないじゃろ、そもそもが嫌われておるのだから」


「……少しは慰めてくれよ」


「自業自得じゃ、慰めるも何もないじゃろうて……よし」


 トントンと、書類をまとめて老眼きょ……眼鏡をはずし鈴は立ち上がる。


「あん? どこか行くのか」


「仕事に決まっておろう、早く支度せい」


「いやだ~、やる気が出ない」


「このシスコンが……妹に認められたいのであれば仕事で成果を出したらどうじゃ」


「……そんなことで見直してくれるか?」


「知るか。じゃが、仕事をせんかったらニート時代と変わらんじゃろうて」


 確かに。

 働くのは面倒だしイヤだが、あの頃に戻るというのは避けたい。

 流石に兄貴として情け無さすぎる。

 パチンと頬を叩き気合を入れる。


「……それもそうだな、んじゃ気合入れていきますか!」


「その意気じゃ」


「で、今日は何するんだ?」


 鈴に今日の仕事内容を確認する。


「杜宮高校でゴースト退治じゃな」


「え? なんだって?」


「だから、杜宮高校でゴースト退治じゃと言っておろうが。大丈夫じゃ安心せい、お主に危害を加えられるほどに強力なものではない」


「いや、そう言うことではなくてだな、それってレイの高校だよな?」


「そうじゃよ」


「いやだやめる! 顔合わせたくない!」


「ええい! 子供の様にダダをこねるでない!」


「い~や~だ~!」




 机にしがみついた俺が、スズに引きはがされるまで15分かかった。

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