やりたきゃやれば?
「がぁぁぁぁぁぁ!」
俺がレイの魔力を収めた直後、大きな唸り声が響き渡る。
そちらの方に目をやると、手の平型のクレーターの真ん中に、満身創痍のセキトが刀を杖代わりにして立っていた。
「鬼はやっぱり丈夫じゃな~」
クレーターの縁に立ってセキトを見下ろすスズが獰猛に嗤う。
「よし、今なら拘束できるだろう。やってくれ」
「え~、もうちょっといけるじゃろ。ほれ、かかってこい」
「なっ!?」
四十万の要請を断り、セキトを挑発するスズ。
やばい、アイツの悪い癖が出てきてしまっている。
我が事務所の有能な助手であるスズだが、一つの大きな問題を抱えている。
それは彼女が無類の戦闘狂だということだ。
しかも戦いを楽しむというよりは、自分の技を試すのが楽しいという類。
まぁ、勢い余って殺すということはなく、絶妙な手加減の技術も持っているので問題にはしていないのだが。
いつも俺のバックアップにしているのは、そう言う理由がある。
「何を言っているんだ! 相手は追い詰められていて何をするかわからないぞ!?」
「なに、アイツが何をしてこようと儂と所長がおればなんとかなるわい。……それに、追い詰められた時の戦いこそが面白い」
「ッ! 師里! その鬼を拘束しろ!」
四十万は忠告に耳を貸さないスズを無視し、俺へと声を掛けてきた。
だが――
「もうちょい、もうちょい待って!」
「なにしてんだお前!?」
土下座の姿勢で妹に頭をグリグリと踏みつけられてるんですがなにか?
「レイちゃん、何があったかわからないが、それは後にしてくれないか」
「……チッ!」
四十万の言葉で足をどけてくれるレイ。
ありがとう四十万。
だけどまた「レイちゃん」と呼んだのは許さん。
あとでぶっ殺してやる。
そう決意しながら立ち上がり、セキトに向き直って――
「おい、セキトどこいった?」
「なに!?」
クレーターの中にはセキトの姿がどこにもなかった。
「逃げたかっ!?」
「いいや逃げとらんよ」
答えたのはスズ。
この場でスズだけがセキトの動きを追っていた。
……追っていただけだったが。
そのスズの視線を追うと、セキトが本殿の奥に消えるところだった。
「待てコラッ!」
そう叫び追いかけようとするが、それは必要なかった。
本殿の奥に消えたと思ったセキトだったが、またすぐに姿を現したのだ。
脇に一人の人物を抱えて。
その女性は20代後半ほどの妙齢の美女。
出るところはしっかりと出たメリハリの効いた肢体を、着物に似ていながらもどこか現実離れしたヒラヒラした衣服で包んでいる。
そんな女性が縄で拘束され、猿ぐつわを噛まされているのはどことなくアダルティックだった。
まぁ、全部その女が知り合いじゃなければの話だけどさ。
「おい、お前らコイツがどうなっても良いのか!? 抵抗すんなぁ!」
「ン゛ー!」
その女性に刀を突きつけながら要求してくるセキト。
女性は肌に当たる刀の感触に、声にならない悲鳴をあげる。
「くっ! 人質とは卑怯な!」
四十万は突然の人質の登場に歯噛みしつつ、自分の拳銃を地面に置き両手を上げた。
「おい、お前らもだよ! なにボケッとしてんだ!」
しかし、セキトの声に従わずそのままの格好で立つ俺とスズに、セキトががなりたてる。
だが――
「「やりたきゃやれば?」」
「ン゛ー! ン゛ー!」
ハモった俺とスズの言葉に人質の女が慌てたような大きな唸り声をあげる。
反対にセキトは唖然とした様子だった。
「お、おい、お前ら知らないのか? コイツはこの土地の神だぞ?」
「百も承知しておるわいそんなこと。じゃが、だからと言ってその婆が人質になると思わんことじゃ」
「そのババアには何の価値もないからな。人質にしたって俺達は全く躊躇わずに殴りに行くぞ」
「ン゛ー! ン゛ー! フガー!」
「さっきからウッセーな! 少しは黙ってろ!」
脇に抱えた女の激しい唸り声に耐えられなくなったのか、セキトが怒鳴りつける。
「フガ、フガフガ、フンー!」
「なんだ、自分に喋らせろってのか?」
「フガフガ」
「……わかった、ただしおかしな真似したらその時点で殺すぞ」
器用に首の動きだけで自分の意思を伝える女。
その提案を少し逡巡しながらもセキトは了承した。
多分俺達の反応が意外だったからだろう。
実際、土地神を人質にとるのはいい手だ。
もしも下手をして傷つけられればその土地のダメージは計り知れない。
普通ならば大きなアドバンテージになる。
だが、それはこの土地以外での話。
「プハッ! アキラちゃん! スズちゃん! どうかわたしを助けるためだと思って言うことに従ってちょうだい!」
「ウッセーババア! お前を助ける気なんてそもそもないんだよ!」
「このままここで殺された方がこの土地の民のためじゃ、どうか死んでくれ」
「えっー! 冗談でしょ? 冗談だよね!?」
困惑の表情で見つめてくる女を、俺とスズは笑わない目で見返す。
「ヤバい、アイツら本気ね……」
「お前土地神じゃねぇのかよ! なんで簡単にアイツら見捨てんだ、土地神が死んだらどうなるか知らないはずないだろ!」
「……あぁ~、それは私が土地と結びついてないからかな。私はここの土地神やってはいるけど、龍脈の管理とかは全部別の奴がやってるから――」
「はぁ!? んじゃお前は何してるんだよ!」
「朝起きて目覚ましに一杯飲んで、昼に散歩しながら軽く飲んで、夜暗くなったら晩酌してる」
「酒飲んでるだけじゃねぇか!」
セキトが信じられないという風に叫ぶ。
「で、状況は分かったか? そのババアには全く人質の価値はないぞ」
「まだ奥の手があるなら早く出せ。無いのなら大人しく投降した方が身のためじゃぞ」
セキトへと声を掛ける。
スズはまだ期待しているようだが、残念ながらもう残っている手はないだろう。
スズにやられた攻撃がよほど堪えたのか、その全身はボロボロで息も激しく乱れている。
明らかに残っている力などない。
そんなセキトは諦めたようにハァ~と一息をつき、いきなり小脇に抱えていた女を投げつけてきた。
「キャァァァァァ!」
悲鳴を上げて飛んでくるそれを
「おっと」
と足を前に出して受け止める。
「フゲラッ!」
中々の勢いだったが、足裏でその勢いを全て殺した。
飛んできた当人は変な声を発して、ボテッと地に落ちる。
「ちょ! もうちょっと優しく受け止めなさいよこの人でなし!」
しかし、縛られながらも器用に立ち上がり俺に抗議してくる。
「避けなかっただけでもありがたく思えっての。こっちはお前の要望通り狛犬だって無事に済ませてやったんだから、大目に見やがれ」
「そうよ! コマとマコはどうなったの!?」
そんな俺の言葉に一転、心配そうな表情を浮かべて尋ねてくる。
どっちがコマでどっちがマコかわからないが、とりあえず俺とスズは自分が倒した狛犬を指さす。
俺は先程放り投げた狛犬の生首を、スズはヒトミちゃんの持つミニチュアサイズの狛犬を。
それを見た瞬間、うるさいくらいに喚いていた女がシーンと静まり返った。
「ちゃんと生きてるから大丈夫だぞ?」
突然黙りこんだので不安になり、そうフォローを入れる。
だが――
「きゅーん」
と奇声を上げて女は卒倒した。
☆★☆
「なぁ、この人大丈夫なのか?」
「ほっとけほっとけ」
卒倒した女を心配する四十万に、手をヒラヒラとさせながら答える。
起きててもうるさいだけなんだから寝かせとけばいいんだそんな奴。
「――じゃな、それよりも何かする気らしいぞ」
スズのその言葉に、視線をセキトへと戻す。
「クハッ、クハハハハハッ!」
視線を向けると、突然セキトは自分の顔を左手で覆い哄笑を上げ始めた。
「まさかまさか、神を見捨てるとか思いもしなかったぜ。こりゃとうとう奥の手を出すしかねぇみたいだな」
「ほう、まだあるのか。退屈せずに済みそうじゃな」
「言ってろよクソガキ」
スズの額にピキッと青筋が浮かぶが、突っ込んで行ったりはしない。
多分その奥の手とかを出してから叩き潰すつもりなんだろう。
「奥の手を出してもいいけど、抵抗せずに投降してくれた方が余計な怪我しなくて済むと思うけど?」
「おいおい所長、せっかくやる気になっとるんじゃから水を差さんでくれよ」
「お前はもう少し頭を冷やせっての」
スズの頭を軽く小突く。
「ムゥ~」と頬を膨らませながらも、少し冷静になったのかそれ以上の反論はしてこなかった。
「投降、ね。するわけねーだろ! どうせ殺されんだ、最後まで戦ってやるよ!」
血走った目でそう言い切り、セキトは己の胸に『迷家』を突き立てた。
「なっ!?」
思わずの驚きの声が出る。
だがそれはセキトが自らを刺したことにではない。
『迷家』を胸に刺した瞬間から、セキトの魔力が跳ね上がり同時に姿も変貌を遂げていったからだ。
一般成人男性と同じくらいだった体は今や5メートルほどに膨れ上がっている。
それに比例して、腕や足も筋肉が膨張しまるで丸太の様だ。
着ていた着物は膨れ上がる筋肉によって内側から破られて千切れ飛ぶ。
肌も肌色から浅黒く変わり、風貌も人間離れしたものへと変わっていく。
変わらないのはその額から生えた二本の角くらいか。
「さぁ、皆殺しにしてやるよ」
その姿はまさしく、おとぎ話に出てくる鬼と同じだった。




