あぁ、疲れた~
だいぶ遅れちゃいました。
今日のは大分難産です。
離れた場所で凄まじい轟音と震動が起こったのとほぼ同時に、俺はモモの治療を終えた。
だが――
「所長! モモちゃんは?」
「死にはしない……だが、しばらくは寝かせておかないと。血が流れ過ぎた」
問いかけるヒトミちゃんを安心させるように答える。
「さて、そんじゃちょっとレイの所行ってくるかな。ヒトミちゃんはモモの事を見ておいてくれ」
そう言い残しレイの元へと向かう。
「おっと、もう油断しないでおくか」
あることに気付き2人の側へと戻る。
手の平をかざし、2人を守るように半透明の結界を作りだす。
手を抜かずに作ったそれは生半可な攻撃では小揺るぎもしない。
「ここから出るなよ」
そういい残し、俺は再びレイの元へと足を向けた。
☆★☆
「とりあえずこの魔力をどうにかしないといけないな」
境内を埋め尽くす程の闇を見つめながら、体の奥に力を込める。
そうして魔力とは違う力、この世界で俺だけが扱える聖なる力――『勇気』――を体へと行き渡らせ、声高に叫ぶ。
「『勇者光』!」
次の瞬間、俺の体から光が迸った。
放たれた光は広がる闇色の魔力を次々と浄化し、光の粒子へと変換する。
そうして生まれた光の粒子が俺の体へと吸い込まれ、ドンドンと力が増していき比例して勇者光の輝きも増す。
しかし――
「おいおい、いったいお前はどれくらいの魔力隠してんだっての」
額に冷や汗が流れる。
それも当然だ。
確かに俺の勇者光は辺りを覆う魔力は分解した。
だがそれ以上いけない。
レイの半径5メートルほどを埋め尽くす漆黒の魔力、ソレを分解することが出来ずに止まる。
いや、実際には分解しているのだがそれと同じくらいの速度で魔力が湧き出るので拮抗状態に陥っているのだ。
この場の空間支配率は五分と五分。
光と闇と半々に境内が埋められていく。
確かに今の俺は、勇者としての全盛期よりは力が劣っている。
〝アレ〟を失っているから当たり前なのだが、それでもこの2年間、勇者光が分解しきれないほどの魔力を持った奴と会ったことはなかった。
それ程の魔力を持った奴と会ったのは過去に2回だけ。
共に、異界からの魔族侵攻が起こっていたあの2年前に出会った敵だ。
どちらも苦戦を強いられた紛れもない強敵だった。
レイは、そいつらと同じ次元の魔力を持っているのかもしれない。
いや、未だ底が見えないほどの量を放出しているのだからほぼ確定だろう。
俺の妹はなぜだかわからないが、勇者や魔王などと同じ常識外レベルの力を持っているようだ。
なぜだ?
なぜレイにこんな力がある。
心の中で問いかけてみても答などでない。
レイには普通に暮らしていて欲しかった。
能力者とか超能力とか特災とか、そういうのに関わらず平和に。
それなのにどうしてこうなったんだ。
これから妹を襲うであろう周囲の好奇の視線や、国からの干渉。
それらはレイを非日常へと、平和でない世界へと連れていくだろう。
どの様な場合を想定しても、今までの様な日常を送ることは難しいと思う。
だが――
「妹の平和を守るのが兄貴の義務だろ……どんな手を使ってでもよ」
言葉にだし、覚悟を決め、俺は漆黒の魔力が渦巻く空間へと足を踏み入れた。
☆★☆
「ぐぅっ!」
一歩足を踏み入れただけで苦悶の声が漏れる。
何ともいえない不快感が俺を襲った。
これは『魔力圧』。
膨大な量の魔力を密集させ、密度を増すことによって魔力は力を増す。
その魔力を超能力に変換させれば通常時よりもより強い効果が得られる。
しかしそれとは別に密度の高い魔力には使い道がある。
それがこの『魔力圧』。
空気中に存在している魔力。ほとんどの人間はこれを吸収して生きている。
能力者でない人間にとっては益も害も無く、能力者にとっては魔力回復の手段だ。
しかし、この空気中の魔力をもしも個人の魔力で上書きできればどうなるか。
当然魔力吸収が出来なくなり、魔力回復も望めない。
だがそれだけではない。
この魔力は重いのだ。
無論、実際の重さではない。
能力者や特災と言った魔力を持つ者に対してのみ有効な〝圧迫〟という名の重さ。
日頃呼吸と同じようにしている魔力吸収を封じられ、全身を他者の魔力で囲まれる。
いつ魔力が姿を変え襲ってくるか、常に喉元に刃を突き付けられているのと同じような状況。
しかもその魔力はとてつもない密度で圧縮され、魔力量だけでも力の差が歴然。
これらのことがあって自分を保っていられるのは稀だろう。
ほとんどの者がこのテリトリーに入れば、何も出来ずに足を止めてしまうはずだ。
俺でさえも息苦しさを感じる。
全開で勇者光を放っているにもかかわらず、体の周りの魔力を分解するのが限界で、周囲を囲む魔力をどうにかすることはできない。
だがそれだけで十分だ。
潰されないならば大丈夫。
俺は魔力の海の中を、レイの元へ一歩一歩進む。
少し先に見えるレイの様子は普通ではない。
明らかに
「……魔力に飲み込まれているな」
自分の魔力に耐えられず、意識を失ってしまったのだろう。
確かに、これほどの魔力が体から出てくれば意識を失っても仕方がない。
幸い、いつかの暴走と違いこれは魔力を出し尽くせば自然とおさまる。
超能力に目覚めた幼児などが良く起こす、珍しくない現象。
しかし今回は規模が違う。
何も操作しなくても魔力圧を発生させるほどに密度の高い魔力を垂れ流して、それでいて未だに底が見えないのだ。
残念ながら悠長に魔力を出し尽くすまで待っていることなどできない。
ならばどうするか。
外部から調律してやるしかない。
「はぁ、はぁ、はぁ」
圧倒的な魔力圧を耐えて、俺はレイの前にまで到達する。
何とか荒れた息を整え、右拳を引く。
「レイ、今戻してやるからな――『ブレイバー(勇者)チューニング(調律)』」
その拳をレイの胸へと叩き付ける。
キンッと涼やかな音とともに金色の魔方陣が展開し、レイを包み込む。
そのままレイの中に魔力を抑え込もうと、魔力調律を始めるが――
「くっ、ぐぅぅぅ!」
レイの強大で膨大な魔力が暴れまわり、思うようにいかない。
魔力を抑え込むというただの力技であるのに、とても難しい。
レイの体に送り込んだ勇者光で魔力は分解されているのに、それ以上の速度でドンドンと湧き出る。
それでも何とか押さえつけ、レイの体の奥底へと押しやる。
そして――
パッと魔方陣が宙へと溶け、中からレイが現れる。
それと同時に、周囲を覆っていた魔力も源泉がなくなったことで俺の勇者光に分解された。
「あぁ、疲れた~」
先日ゴーストを調律した時よりもさらに大変だったと思いながら、俺は右手を前について大きく息を吐いた。
「おい」
そんな俺に冷ややかな声が前から飛んでくる。
「! レイ、意識が戻ったんだな! 良かった」
「……そんなことはどうでもいい。アンタ、今どこ触ってんの?」
「え?」
触ってる?
俺はただ目の前の壁に手をついて――いや、違う。
目の前に壁なんかないじゃないか!
壁のような断崖絶壁のものはあっても。
「あ、いや、これはちがっ!」
俺は右手で触っていたレイの胸から慌てて手を離す。
「黙れ変態!」
しかし、そんな俺の弁解などまったく聞かず、レイの鋭い前蹴りが俺の鳩尾を貫く。
「ウグッ」
呼吸が出来なくなり、思わず地面に膝をつく。
しかし、俺はそんな苦しい状況でも妹に言わなければいけないことがあった。
「れ、レイ」
「なに変態」
「スカートの時は蹴りをしない方がいいと思――」
言いきらないうちに、俺の頭はレイの足によって強制的に地面とキスをさせられた。
※これからの予定なのですが、5/26~6/20までちょっとばかし私生活が慌ただしくなる予定です。平日更新はたぶんできなくなり、週に一話投稿できればいいかなと考えています。読者の方々をお待たせするのは心苦しいのですが、どうかお許しください。




