私の手で引導を渡してくれる外道が
すいません、ちょっと色々と忙しくて投稿遅くなりました。
「ウヒャッ!」
「レイさん!」
鳥居を潜った瞬間、わずかな揺れを感じ、足元が消え去ったかのように体が浮遊感に包まれた。
突然のことに手をバタつかせた私を、モモの手が捕まえる。
「大丈夫でございますか!?」
「う、うん」
「離さないでくださいね!」
「わ、わかった!」
言われた通りに掴まれた手をギュッと握り返す。
数秒後。
ザッと足に固い地面の感触を感じて浮遊感は終わる。
「おっとっと」
始まるのが突然なら、終わるのも唐突だった。
思わずたたらを踏む。
「ここは……境内でしょうか」
「え、うん。そうだね」
危なげなく着地したモモが、すぐさま油断なく周囲に目を走らせて言葉を発する。
その言葉に私も周囲を見回し、同意の言葉を放つ。
私達の背後には下へと続く石階段。
前には神社の本殿。
本殿へと続く道には石畳が敷かれ、それ以外の場所には玉砂利で埋められている。
「あれ、ヒトミ達は?」
周囲を見回したことで、初めて他の4人がいないことに気づいた。
「……どうやら他の次元に飛ばされたようですね。まぁ、大丈夫でしょう」
「他の次元って……危険な響きなんだけど」
「他の次元と言っても、生きていけないような過酷な環境ではありませんし。ここと同じような所ですよ。それに何より、お兄さんとスズさんがちゃんとペアの方と一緒なので問題ないでしょう」
「えー、あの2人が一緒って言われてもそこまで安心できないんだけど……」
「? 心配ないと思いますよ、あれほどの実力をお持ちなのですから」
「……そんなに強いの?」
「私などではどれくらい強いかなどと測ることはできません。ただ、もしも戦うとなれば全力を出したところで傷1つつけることはできないでしょうね」
「……」
あのボーッとした男と、私と年が変わらないような少女が、鬼をして「敵わない」と言わせるとは。
予想外の事実だ。
確かにBランクだし少しは強いと思ってはいたけど、それほどとは。
本当にBランクなのか、アイツら。
「ッ!」
そんなことを考えていたら、モモが私を庇うように前に飛び出した。
鋭く本殿の方を睨み付け、取り出した扇子をバッと音を鳴らして開く。
何事かと思ったが、すぐにわかった。
「おいおい、いきなり物騒だな」
境内に不愉快な声が響く。
声を視線で追うと、本殿の屋根に胡座をかいた青年が1人。
「セキト!」
「気安く呼んでんじゃねぇよ人間! 殺すぞ!」
私に向かって怒声と殺意がぶつけられ、ビリリと肌が粟立つ。
「やめろセキト!」
「うっせぇーよモモ! 昨日の今日でまた人間なんかと一緒に現れやがって! この鬼の面汚しが!」
「……セキト、なぜそうまで人間を憎む。何でこの街で関係ない人を殺したりしたんだ?」
モモが扇子を構えたまま問いかける。
始まったと思い、モモの邪魔にならないように一歩後ろに下がった。
ここにくる前、アイツの事務所でモモはある仕事を頼まれていた。
☆★☆
「なぁ、モモ」
「なんですかお兄さん?」
「これからセキトを捕まえにいくわけだけど、十中八九戦闘になる」
「……でしょうね。覚悟はできています」
「いやいや、別にそういう重い話じゃなくてさ、ちょっと頼まれごとしてくれないか?」
「お兄さんが私に頼みごとですか?」
「あぁ、お前にしかできないことだ」
「なんでしょう?」
「セキトがなんで人を殺したのか訊いてみてくれ」
☆★☆
アイツ曰く、セキトが何をしたいのかということが全くわからないのだそうだ。
目的が人間の抹殺なら、こんな田舎街でチマチマと殺す理由が全くない。
だから、もしかしたらセキトの背後に何者かが潜んでいる可能性もあるのだと。
そして、それを聞き出せるとしたら同じ鬼のモモだけだ。
モモはその願いを了承し、戦う前にこうして言葉を交わしている。
「……人を殺すのに理由なんかいるか?」
「殺すのに理由は確かに要らない。だがセキト、お前が理由もなくあんな無駄で愚かな行動をしたとは思えない」
「……」
「それとも仮初めの力に溺れただけか、聡明だった貴様はもういないのか!?」
強い調子で叩きつけられる言葉に、セキトの顔が歪む。
「ちげーよ、俺はただあの女に言われただけだ!」
バカにされて逆上したか、そんなことを口走った。
「あの女?」
その言葉を危機逃さず、モモは短く問い返す。
「チッ、俺は村から逃げたしたが怪我しちまっててな。それを助けてくれた女がいたんだ」
「そいつは特災か?」
「いいやら人間だよ。人間じゃないくらい不気味だったけどな」
「……そいつに人を殺せと言われたのか?」
「正しくは『この街で騒動を起こせばお前の目的のの最大の障害が現れる』だったけどな、まぁ同じことだ」
「……おまえ、女に言われて人を殺してたのか?」
唖然とした様子で問うモモ。
「別に言いなりって訳じゃないぜ。どうせ人間はみんな殺すんだ、だったら面倒なのから先に始末した方がいいだろ? あぁ、あとはこの『迷家』の試し切りがしたかったってのもあるな」
「……どういう意味だ?」
左手を白くなるほど思いきり握りしめたモモが、静かに訊き返す。
心なしか声が震えてるようにも思う。
「どういう意味? 決まってるだろ」
しかし、そんなモモの様子に気づいているのかいないのか、セキトは小バカにしたような調子で言葉を続ける。
「色々とやったぜ、次元をずらしておけば俺の痕跡は全く残らないしな。いきなり腕を切り飛ばすとアイツら、気づかないんだぜ。数秒経って漸く泣きわめき出すんだよ、滑稽ったらありゃしねぇ。なんでこんな鈍感なやつらが俺たちよりも良い暮らししてるのか本当にわかんなかったっての、ハハッ!」
「わかった、もういい」
「いいや、聞けよ。ここからが面白いんだぜ。人間って死ぬ前、絶対に誰かほかの奴の名前呼ぶんだよ。全身から血ぃ流して「母さん、母さん」とかくっだらねぇ」
「黙れ! もういいと言っているんだ!」
瞬間、モモの体から魔力が立ち上る。
角が生え、八重歯が伸び、目の周りを桜色の隈取が彩る。
「レイさん、先ほどまでの情報で十分でございますよね?」
感情を押し殺し、絞り出すような声で問うてくる。
「セキトの裏に何者かが潜んでいることは明白です」
「う、うん。……やっちゃえモモ!」
「承知!」
言葉と共にモモのセンスが振るわれる。
しかしそこから放たれたのは昨日見た『風弾』ではなく、透明な刃。
莫大な風の本流を生み出しながら、風の刃が屋根上のセキトに襲い掛かった。
「おっと!」
それが当たる直前にセキトは跳躍し回避する。
目標を見失った刃が本殿の屋根へと突きたった。
スパン
と言う音がしそうなほど鋭利な断面の、幾条もの切断痕が屋根に刻まれた。
「おうおう! 昨日とはまるで違うなモモ! 最初っから殺す気満々じゃねぇか!」
「……昨日はまだ、貴様の事を信じていたからだセキト」
「あぁ?」
「何か理由があるのではないかと、そうしなければいけない何らかの理由があるのかと思っていた。いや、思いたかった」
モモの頬を一筋の涙が流れる。
「だがどうだ? 結局は女に利用され、力に溺れていただけだったとは。貴様は鬼の恥晒しものだ、この私の手で引導を渡してくれる外道が!」
だがその流れた涙を拭い去り、強い意志を孕んだ視線でもってセキトを射抜く。
「……言うじゃねぇか、昨日俺に負けたくせによぉ!」
「確かに、私と貴様の力の差は大きい。だが――」
言葉と共にモモがくるりと回る。
小袖を揺らし、扇子を掲げ。
「ここが神社でなければの話だ」
そう言ってモモは舞い踊る。
どことなく優美で、目が離せなくなる舞だった。
扇子が空を切る ヒュゥン と言う音が耳に心地いい。
そしてその舞にあわせてモモの周囲に風が ゴウ と言う音を立てながら集まり、渦を巻いていく。
「なっ! 『鬼神楽』だと!? 他所の神社で……正気か!?」
「貴様を殺せるならば、あとでいかほどの罰を受けようとも構わない!」
そう言うモモには風だけでなく魔力さえも集まりだしていた。
地面から足を伝わってモモの体へと流れ込んで行っているのがハッキリと見える。
それは今までに見たことがないほどの高密度で力強い魔力だった。
「地面の下を流れる魔力の流れ『龍脈』から力を吸い上げる、鬼巫女にのみ許された秘術『鬼神楽』か……面白い、やってやるよぉ!」
セキトも己を鬼の姿へと変貌させ、抜身の刀を振り上げ突っ込んできた。
鬼と鬼、同郷の2人の二度目の死闘が始まってしまった。




