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やっぱりお前が全面的に悪い!

「え?」


 鳥居を潜ると私の体に一瞬の揺れが走り、次の瞬間には足元の地面が消えて浮遊感に包まれる。

 あまりにも突然の事で何も出来ず、状況の変化に流されるしかなかった。

 だが――


 パシッ


 と言う乾いた音とともに虚空へと伸ばした手が誰かに捕まれる。

 いや、誰かではない。

 付けてもらった魔方陣を通して相手を感じる。

 その手に導かれるまま進み――

 ザッと足裏に堅い地面を感じ、唐突に浮遊感は終わった。


「どうじゃ、怪我はないか東堂?」


 私の手を掴んだまま、スズさんが声をかけてくる。


「は、はい。ですがこれは一体……?」


 所長の付けてくれた魔方陣の効果か、スズさんが近くにいるのは感じていたので、戸惑わず答えられた。


「ふむ、まんまと罠に掛かってしまったようだの」


「罠!?」


 慌てて辺りを見回してみるも、別に危険なものはないように思う。

 どことなく見覚えのある、変鉄のない神社の境内だ。

 足元には玉砂利が敷き詰められ、神社の敷地の外には杉林が広がる。


「いや、速効性の罠ではあるまい。目的は……分断じゃな」


「分断……ハッ!?」


 そこにいたりようやく気付く。


「レイ達がいません!」


「じゃな、ざっと調べてみたがそれぞれ別の次元に飛ばされたようじゃ。いやはや、事前に『連結』しといてよかったの本当に」


「レイ達は無事なんでしょうか?」


「探ってみた限りじゃと、ちゃんと決めた通りのペアで纏まっているようじゃし大丈夫じゃろうて」


「そうですか――」


「良かった」と続けることは出来なかった。



「ッ! 伏せるのじゃ!」


 言葉と共に頭に手が伸び、強制的に頭が下げられる。


 次の瞬間、ゴゥッと風を食い破りながら大質量の何かがさっきまで私の頭があった場所を通過した。

 間一髪。

 スズさんが助けてくれなければ当たっていた。

 防御の腕飾りがあるから即死は無いだろうが、大怪我は負っていたかもしれない。

 それほどの圧があった。


 そいつは私達の頭上を飛び抜け、数メートル先に玉砂利をジャリジャリジャリと弾き飛ばしながら四肢で着地する。

 視線で私とスズさんを捉えて離さないままで。

 その獰猛な視線と、その姿を追った私の視線が噛み合う。


 ビクンッ


 それだけで体に震えが生じた。

 あまりにも獰猛で狂暴な視線に、自分が圧倒的な弱者であると理解させられる。

「蛇に睨まれた蛙」という言葉があるが、まさにそれだった。


「す、スズさんあれって……」


 しかし、そんな状態でありながらも何とか言葉を発する。

 それ程に、現れた存在は予想外だったからだ。


 場所的には居てもおかしくない、いやむしろいない方がおかしい。

 しかし、襲われるとは全く想像していなかった存在。


「ん? あぁ、狛犬の片割れじゃの」


 スズさんの言葉通り、それは神社の入り口を守護する為に置かれている石像。

 二匹の犬をかたどった守護獣、狛犬。


 しかし、今目の前にいるのはいつも見ているそれとは全く違う。

 どっちかはわからないけれど、二匹ではなく片方一匹だけと言うこと。

 そして見た目も大きく違う。


 体長は5メートルとまるで小山ほどの大きさ。

 全身が石で出来ているようで一歩ごとに鈍い振動が辺りに走る。

 それでいながらも全身はまるで生き物のように躍動し、石の硬さなどまるで感じさせない。


 以前見たケルベロスと似た危険な空気が肌を刺す。


「す、スズさん、無理です逃げましょう」


「なんじゃ何時になく弱気じゃの……あぁ、お主の腕輪ではこやつの『威圧』の視線は防げなかったのか、すまんすまん」


 そう言うと、人差し指と中指で私の額を トン と叩いた。

 何気ない行動だったが変化は劇的に訪れる。


 震えが止まり、先ほどまで感じていた狛犬の圧倒的な圧力も消え失せた。


「これで大丈夫じゃろ」


「あ、はい、ありがとうございます……ですけどあんなのと戦えますか?」


 相手の能力が消えて冷静になっても、相手の強大さは健在だ。

 小娘二人で相手に出来るかどうか。


「なに、楽勝じゃて。いつもいつも所長の支援ばかりやっておるが儂とて中々強いんじゃぞ……ただ一つ心配事があっての――」


「心配事?」


 黄緑色のいつものジャージを翻し、腕を組み、足を肩幅に広げて、自信満々に胸を張りながらもスズさんが不穏な言葉を放つ。

 それはどういう意味かと問いかけた瞬間だった。


[ガウウウッ!]


 狛犬を無視して話し続ける私達に怒りを覚えたのか、吼え声をあげて狛犬が飛びかかってきた。

 巨大な前足が私達に向かって振り下ろされる。


「――うるさいぞ」


 しかし、その前足はスズさんのその言葉と共に、私達を中心に展開された半円状のドームに阻まれる。


 ドンッ!


 とお腹に響く低温が轟くが、ドームは小揺るぎもしない。


「まぁ、この程度じゃ。心配することはない」


「は、はい!」


 思わず背筋が伸びる。

 今私達を守っているドームだが、これは『防御』の魔方陣だ。

 ドームの表面には幾何学模様が走り、それがボンヤリとスズさんの黄緑色の光を放っていたことでわかった。

 だが、魔方陣を変形させるだなんて聞いたことが無い。

 バイト先の上司の底知れぬ実力を垣間見た気がする。


 これで本当にBランク(マイナス)なのかしら?


「それで心配事何じゃが――」


「あ、はい。なんなんですか?」


 メンドくさそうな顔をしながらスズさんは答える。


「――あれ壊したら、更年期障害の婆さんが出てきそうでの~」


 ☆★☆


「だぁぁぁ! この馬鹿がぁぁぁ!」


「ウッせぇぇぇ! だったら止めろやぁぁぁ!」


「止める前に撃ったのはテメェだぁぁぁ!」


 俺と四十万は今、境内を全速力で駆け抜けている。

 後ろからは ジャリジャリジャリ と玉砂利を弾き飛ばしながら追ってくる巨大な獣。

 5メートルほどの大きな狛犬が一匹、唸り声をあげて迫ってくる。


「あんなのがいきなり出てきたら思わず撃つだろ!」


「警官が簡単に撃ってんじゃねーよ! バカ○ンのお巡りさんかお前は!」


 隣で並走する四十万と怒鳴り合いながら走り続ける。




 鳥居を潜った後、バラバラの次元に飛ばされた俺達。

 しくじったと思いながらも、ペアである四十万の襟を掴んではぐれないようにしたおかげで何とか同じ場所に出ることが出来た。

 そこまでは良かったのだが、状況を確認してる最中に林の中から ノソリノソリ と巨大な狛犬が現れたことで状況が変わる。

 一目見た瞬間に「これ壊したら更年期障害のクソババが怒るかな」と思い、どうしようかと考えてしまった。


 それがいけなかった。

 真の敵はすぐ隣にいたのだ。


 狛犬の姿を視認した途端、まさに早業ともいうべきスピードで四十万は腰の後ろに左手を回し拳銃を引き抜く。

 ピタリと狛犬の眉間に照準を合わせ、流れるように安全装置を外し、一瞬の躊躇いも見せずに引鉄を引いた。


 バァン!


 と銃声を響かせ弾丸が一直線に狛犬の眉間に狙い違わず当たる。だが――


 チィン


 甲高い音を響かせて、その弾丸は狛犬の体を穿つことなく弾かれて彼方へと飛んでいった。

 残されたのは呆気にとられる俺と、銃を構えたままの四十万と


[ガォォォォォ!]


 いきなり攻撃を喰らわされ怒り狂った狛犬だけだった。

 はい、回想終了。




「やっぱりお前が全面的に悪い!」


「そんなのどうでもいいからアレ何とかしろよ! お前は能力者(ウェイカー)でプロなんだろ!」


「そう簡単に出来るもんならやってるっての! あぁ、クソ! あのババア何してやがんだ!」


『誰がババアだ誰が!』


 俺が「ババア」と言った瞬間に空から声が降ってきた。


「な、なんだこの声は!」


 突然の事に思わず足を止めて周りを見まわす四十万。


「バッカ! 止まるな!」


 言いつつ、その首根っこ捕まえて全力で飛び退る。

 次の瞬間にはその場に狛犬の前足が振り下ろされた。


 ズンッ


 と地震にも似た地響きが周囲を揺らす。


「す、すまん」


「いいから走れ! この声は気にすんな、どうせ碌なこと喋らないから」


 再び走りながら四十万に声を掛ける。


『碌なこと喋らないって何よ!? これでもこっちだって大変なんだから!』


「ウッセー! 自分の社を鬼なんかに奪われるとか何やってんだババア!」


『べ、別に奪われたくて奪われたんじゃないし!』


「どうせまた酔いつぶれて寝てる間に捕まったんだろこのアホが!」


『ひっどーい! アキラちゃんひどすぎる! ――その通りだけど』


「自分の年考えて呑めよ! てかいいからこの狛犬止めろ! お前んとこの番犬だろ!」


『あぁ~、それなんだけどね』


 空から響く声が言い淀む。


「あ? なんだよ」


『へへ、そいつら操られちゃってるみたい。何とかしてちょ』


「ハァ!?」


『アキラちゃんなら何とか殺さずに戻してくれると信じてるから、じゃね~。あ、私も捕まってるから早く助けに来てね』


「待てコラ! おいババア!」


 空に向かって怒鳴るが言葉は帰ってこない。

 勝手な事ばっかり言いやがって……。


「おい、師里……さっきのは?」


「あ~、一応この神社の神様だよ、一応な。……チッ、仕方ねぇか」


 舌打ちしつつ、俺は足を止めて狛犬に向き直る。




「操られてんなら手加減しねーぞコラ!」

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