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その名前で俺を呼ぶな!

「さて、それじゃとりあえず自己紹介をしてもらえるか」


 俺の家のリビングで、モモと呼ばれた鬼に問いかける。

 レイとモモの衰弱が見られたので、事務所よりも近い俺の家に、合流したスズ達と共に来てもらったのだ。


「はい、私の名前は桜一文字さくらいちもんじモモと申します、なぜだか間違われるようですが性別は女子おなごでございます」


 そう答えたモモは今、レイから借りたジャージを着てソファーに正座して座っている。

 ちなみに血塗れだった彼女の小袖は、俺の脇に座るスズが『修復』の魔方陣で直している最中だ。


「あぁ、いや、勘違いしてしまい申し訳ない」


「はぁ? もっと真剣に謝りなさいよ」


 モモのとなりに座るレイが足を組んだ偉そうな格好で告げてくる。


「れ、レイさん! 気にしてないので大丈夫ですよ。それに怪我も治してもらいましたし」


「そう? モモが気にしてないみたいだからもう何も言わないけど、優しいモモに感謝しなさいよ」


「……ハイ」


 間違って男呼ばわりしたことや、わざと怪我を完治さなかったことなどからあまり強く反論することもできず、素直に返事をする。


「で、モモ。お主は一連の事件の犯人とはどういった関係なのじゃ?」


 項垂れる俺の代わりにスズがモモへと問いかける。


「それは……まず、私達の村の話をしなくてはなりません」


 そう前置きし、モモは口を開いた。


「私達の村はここから遠く離れた山の奥にあります。そこでは私と同じ鬼――今ではオーガと呼ぶんでしょうか――が100人ほど暮らしています」


「ちょっと待て、オーガの村だと? そんなものがあるとは聞いたことないぞ。もしも実在するならば殲滅対象のはずだ!」


 今まで口を開かず、壁に背を預け立っていた四十万しじまが口を開く。

 確かにコイツの言うとおり、オーガは最低でもランクBの強力な特災だ。

 そんなのが集まっている村ならば、害がなくても放置できるものではない。


「……私達は人間に迷惑をかけず、静かに暮らしているだけです」


「しかし!」


「四十万、今はその事は置いておこうぜ。優先するべきは連続殺人〝鬼〟をどうにかする事だろう? そのためには彼女の協力が必要だ、今ここで敵対することに益はない」


「……チッ」


 舌打ちをして再び口を閉じ、壁に背を預ける四十万。


「すまんな、話を続けてくれんか?」


 スズの促しに頷き、モモは話を再開する。


「先程、あの方も仰ったとおり鬼の村とは存在が許されないことは私達も理解しています。ですので、私達はある方法で身を隠しながら生活していました」


「ある方法?」


 1つ息をつき、モモは慎重に口を開く。



「『幻刀・迷家マヨイガ』。その力で私達は村とその周辺の次元をズラして姿を隠していたんです」


 ☆★☆


「……なるほど、次元をズラしておれば一見しただけでは中々見つかることはないじゃろうな」


「えぇ、それに本当に山奥なので殆ど人も訪れませんし。専ら私達の放つ魔力を覆い隠すことが目的です」


「だがその刀を今あの鬼が持っているということは――」



「はい、セキト――貴方達の追っている鬼の名前ですが――が私達の村から持ち出しました」



「え、でもそれだとモモ達の村は大丈夫なの?」


 モモの言葉に一番最初に反応したのは意外なことにレイだった。


「……大丈夫、と言いたいところですが切羽詰ってると言うのが現状です。セキトが『迷家マヨイガ』を持ち出してからすでに一月ひとつき、いつふもとから村の魔力が見つかることか……」


「それは大変じゃの……ところで、そのセキトとやらを追っておるのはお主だけなのか? 100程の鬼がおればもっと早く捕まえることが出来そうなものじゃが」


「100人とは言っても、半数は老人や女子供の戦闘を行えるものではございませんので。それに、セキトが村を出る直前に村の有力者を襲ったので……十数人の有力な鬼が『迷家マヨイガ』の力を使ったセキトに重傷を負わされ、その看病に人手が必要で追っ手に出せるのは私達、若人衆の数人だけだったのです。」


「なるほどの~」


「更にセキトは分身を使って巧みに行方をくらまし、私達追手もバラバラに追わねばならず。私がようやくこの街にいると突き止めたのも昨日の事でした」


「それは他の追手の奴らには伝えたのか?」


「一応、昨日の時点でふみは飛ばしました。ですが、皆バラバラの方角に行っているのでこの街に着くのは一週間は見なければならないかと……」


「それは、キツイな」


 一週間も経ってしまえば、また逃げられてしまうかもしれないしな。


「はい。ですので、どうかお力をお貸しいただけないでしょうか?」


 言うや否や、ソファーからフローリングの床に降りて土下座を行うモモ。


「私たち鬼が人間から嫌われていることも十分承知しています。更には既に一度、窮地を助けていただいておりますので、このようなことを頼むこと自体無礼千万であることも理解しています。ですが、ですが! 私一人では奴から『迷いマヨイガ』を奪い返すことはできないのです!」


 声を震わせそう訴えかけるモモ。

 伏せたその顔がどうなっているのか、容易に想像できた。


「ちょ、ちょっとモモ! 土下座なんてしなくたっていいって!」


「いえ! 願いを聞き入れてもらうためには私に出来ることはこれくらいなのです!」


 脇に膝をつき声を掛けるレイに強い口調で反論するモモ。

 小さな体から強い意志を感じる。


「……訊いていいか?」


「何なりと」


「君の目的はその『迷家マヨイガ』の奪還なんだな? セキトとか言う鬼はどうなってもいいか?」


「……」


 その言葉に一拍の逡巡があったが


「私達の最優先は『迷家マヨイガ』です。セキトにしかるべき報いは受けさせたいですが、どちらかをと言われれば『迷家マヨイガ』を取ります」


 そう答えた。


「だって、どうする依頼人(四十万)?」


「……警察の仕事は犯人を捕まえることだ。凶器についてはそれが盗品であるならば最終的に返還出来るだろう」


 その言葉を聞き、四十万に問いかける。

 俺の問いに、四十万は壁に背を預けたまま淡々と答える。


「んじゃ、利害は一致しているわけだな」


「では!」


 顔を上げたモモに答える。


「一緒にあの鬼を捕まえっか」


 ☆★☆


「ところで、さっきから気になってたんだけど」


 話が一段落つき、ホッとした表情のモモを隣に座らせたレイが口を開く。


「ん? なんだ?」


「いや、アンタじゃないから」


 その言葉にいち早く答えたがバッサリと切られた。

 兄ちゃん悲しい。


「あの、もしかして『フィーア』くん?」


 俺を切り捨てた後、レイは壁際に立つ四十万にそう問いかけた。


「ハ? ダレノコトダソレハ?」


 変化は劇的だった。

 四十万は脂汗を流しながら、裏返ったことで答える。


「声が裏返っておるぞ」


 スズの冷静なツッコミを聞きながら、俺は記憶が甦ってくるのを感じた。


「あぁぁぁ! お前フィーアか!?」


「ウッせぇ! 俺をその名で呼ぶんじゃねぇ!」


 立ち上がりながら四十万を指さす。


「おい、レイ。フィーアとは一体何なのじゃ? あ奴は四十万じゃろ?」


「それは……」


「「ちょっと待とうかレイ(ちゃん)!」」


 スズの問いかけに俺と四十万の声が重なる。


「少々黙っておれ」


 しかし、言葉と共に飛ばされたスズの魔方陣により俺と四十万は手足と口を縛られ、床に転がされてしまう。


「さぁ、続きを話すのじゃ」


「あ、はい」


「「フガー! フガー!」」


 スズに促され、レイが口を開く。

 俺と四十万の必死の抗議も届かない。


「アレはソイツが中学生の時のことですから、もう10年以上前くらいになりますか。ソイツはある組織を作っていまして……」


「組織?」


「何人かの仲間を集めて「昏き闇の暗黒」だとか自称してましたが」


「ふむ、どんだけ暗いのじゃろうな」


「自分の事は師里もろさとの「師」から「マエストロ」、仲間も名前をもじった名前を付けてたんです。真の名前だとか言って」


「話が見えてきたな」


「四十万くんも、ソイツより2つ下の学年だったんですが仲間に入ってたんです。ちなみに「四」からとって「フィーア」とかって名乗ってました」


「ほぅ、それはそれは……で、どのようなことをしていたのじゃソイツ等は?」


 ニヤニヤした顔で更に問いかけるスズ。

 くっそ、コイツ絶対に楽しんでいやがる。


「いや、別に大したことはしていませんよ。その時に流行ったマンガやアニメの必殺技や口癖をまねしたり、意味もなく包帯や眼帯をしたり、あぁ、あとは服は全部真っ黒でしたね。」


「「フゴゴゴゴ!」」


 口を閉ざされた俺と四十万は苦悶の声を上げる。

 止めろ! それ以上黒歴史を掘り返さないでくれ!


「プッ、ククク、それは……愉快そうじゃな。なぁ、マエストロ」


 俺の側にしゃがみ込んだスズがニヤニヤとした笑いを浮かべながら俺を見下ろす。


「プハッ! そ、その名前で俺を呼ぶな!」


 漸く拘束を解いた俺はそう反論する。


「いやいや、自分の真の名前をないがしろにしてはいかんぞマエストロ……プッ」


 堪えきれずに吹き出すスズ。


「うぁぁぁ!」


 叫びながらリビングのソファーに頭から突っ込み、頭を抱える。

 クソッ! 

 過去の黒歴史を今更思い出すことになるとは!

 そんな俺を追いかけて「なぁなぁマエストロ、マエストロ」と楽しそうに声をかけてくるスズ。

 自力で拘束を解けずにフゴフゴ唸りながら床に転がる四十万。

 呆然とレイの隣に座ってそんな光景を見つめるモモ。


 リビングが混沌へと落ちていく中、1つの声が上がる。



「では、お話も終わったようなので私も好きにさせてもらっていいですね」



 声を上げたのは、今まで黙って記録を取っていてくれたヒトミちゃん。

 彼女は静かに立ち上がると、モモの側まで一瞬で近づく。


「モモさんはオーガと言うことなのですが、どのような生活をしていたのですが? どのような食事をなさっていたんですか? 村に100人とおっしゃっていましたが男女比はどれくらいですか? モモさんはどのような能力を……」


「ちょ、ちょっとまったヒトミ!」


 モモに怒涛の質問攻めを始めたヒトミちゃんをレイが制止する。


「そんなに一度に訊かれたってモモは答えられないって。それにアンタ、こんなに近づいていいの? こんなに小さくてかわいいと言ってもモモは特災なんだよ?」


「心配はいりません。私にはスズさんが作ってくださったこの防御用の腕輪がありますし、もしもモモさんが敵意を持っているのなら所長やスズさんが放っておくわけがありません。それに……」


 そうしてレイを見つめる。


「レイがそこまで仲良くなっているのでしたら悪い方ではないのでしょう。友達の友達は友達ですわ」


「……友達」


 その言葉にモモが短く呟く。


「あ、私としたことが自己紹介を忘れていましたわ。東堂ヒトミです、よろしくお願いしますねモモさん」


「こ、こちらこそよろしくお願いします!」


 優雅に頭を下げるヒトミちゃんに慌てて頭を下げ返すモモ。


「さて、それでは質問を再開させてもらいますね! オーガ、しかも隠れて山奥にすんでいる者の話を聞く機会なんてそうそうあるものではありませんからね!」


 頭を上げたヒトミちゃんはギラギラとした捕食者の目でモモを見つめた。


「わ、私に答えられることならばどうぞ」


 そう答えてしまったのがモモの運のつき。

 「杜宮の暴走特急」の名に恥じず、ヒトミちゃんの怒涛の質問攻めが始まり、リビングが混乱へとさらに突き進んで行った。



「ハァ、とりあえず夕飯でも準備するわね私は」



 この状況の原因の一端を作ったレイは我関せずとキッチンへと消えて行った。



 まぁ、妹の手作り夕飯が食べられそうなので不満などあるわけがなかったのだが。

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