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俺は2年前まで勇者だった

<師里アキラ>


 俺は2年前まで勇者だった。



 まぁ、そんなこと言うと何か俺が立派な奴と思われてしまいそうだが、そんなことは全然ない。


 だって俺は勇者になる前――3年前までニートの引きこもりだったからね。


 大学を卒業して就職もせず、家に引き込もって死んだ両親の遺産を食い潰して生活してた。

 別に両親の死にショックを受けてとかでもなく、ただ色々と面倒で楽な方に楽な方に逃げてた結果だ。



 いわゆるクズニートって言われる人種。

 それが俺。



 そんな生活が終わったのは3年前。

 異世界から現れた魔族による世界侵攻が始まったあの日。



 そう、俺が神に「運命力が強い」というだけの理由で勇者に選ばれたあの日からだ。



 それからの1年間はめまぐるしく過ぎ去った。


 ビルを超すほどのとんでもなく巨大な化物と戦い。

 捕らわれた各国の重要人物を助け。

 魔界四天王と死闘を繰り広げ。

 そして、魔王を倒した。


 言葉にすると短いけど、1年間ほぼ毎日俺はゲームや漫画でしか見たことないような奴らと戦い続けた。

 ほんと、もう一生分働いたのじゃないかと思う。

 でもまぁその甲斐あって魔族から世界を守れたわけだ。

 ……少々のイレギュラーはあったけど。



 そんなこんなで2年間が過ぎた。


 ニートから勇者という華麗な職歴を持っている俺は今、なんと定職についている。

 真っ当な仕事かどうかはわからないが。


 そもそも世界中から与えられた報奨金がまだしこたま残ってるから、本当なら働かなくてもいいんだけどさ。

 こういう報奨金って何かとごねられて貰えないもんかと思ったんだけど、ちゃんと数億円ってレベルで貰えたのにはびっくり。

 だから一応、億万長者? 勇者成金?

 一生遊んで暮らしていけるくらいの金額が俺の通帳には入っている。


 ならなんだって働いているのか


 それはまぁ、ある奴の存在だな。

 そいつに情けない所は見せられない。

 そいつのためにも真面目に生きる。

 そいつが誇れる勇者であり続ける。


 そんなくさい事を考えてたわけだよ、2年前の俺は。

 全く、あの時は多分俺も勇者の熱が抜けきってなかったんだと思う。

 今だったら迷わず働かないで報奨金使って遊んで暮らすね。

 アイツに通帳を渡すなんて愚行だけは起こさなかったはずだ。


 ハァ~。


 心の中でため息をつく。


 多分俺の体は全部わかってるんだと思う。

 俺が仕事をめんどうだと思ってることを。


 だからだな――。


「これ完全に遅刻だよな~」


 無情にも出勤時刻を過ぎた時計を見て呟く。


 ――だから俺の体は布団から起き上がらなかったんだろう。


 その時、見計らったかのように枕元のケータイが鳴る。

 ディスプレイに浮かんだ名前を見て憂鬱な気分になるが、出ないわけにもいかない。


「……あ~、もしもし?」


「おはよう、でいいのかの所長? 今どこだ」


「……家です」


「なるほど、今日も寝坊か」


「……はい」


「3日連続か。すごいの」


「……すまん」


「いや、謝らなくて結構だぞ。この事務所のトップは所長だからな、お主に意見できるものなどおらんよ」


「そ、そうか」


「勿論だ。……ただ、その所長自身が決めたルールには従ってもらうがな」


「え?」


「『遅刻を連続3日以上した者は減給に処す』。いや、流石所長だ。素晴らしい就業規則だと思うぞ」


「え! ちょっ、待って!」


「ではな、只でさえ人手不足の上に遅刻者もおるので仕事が多いのじゃ。これ以上無駄話に割く時間などない」


「待って! 待ってくださいスズさん!」


「くどい。申し開きがあるのならとっとと出勤せい、この阿呆」


 ブツッと無情にも切られる通話。

 プープーという機械音だけが空しく響く。


「はぁ、今月厳しいのにな」


 憂鬱な気分で俺は準備を始めた。


 ☆★☆


 準備をしてリビングへと出ると、そこでは1人の制服姿の少女が食事をしながらテレビを見ていた。


 肩口まで伸びた髪を後ろでまとめたために、そのクッキリとした顔立ちが良く見える。

 勝ち気そうな吊り上った目、スッと通った鼻筋。

 彫りが深いとでもいうんだろうか、大分個性的な顔立ちだ。

 しかし、決して不細工なわけではなくどちらかといえば美少女だ。

 ただ、その彫りの深さも相まってどことなく近づきがたい印象を与える美形だが。


 その少女はテーブルに腰掛け、トーストとベーコンエッグと簡単なサラダという、理想的な食事をとっている。

 俺は4脚あるイスの内、彼女の斜め向かいに腰を下ろして声をかけた。


「おっす、おはよう」


「……」


 はい、無視です。

 俺の存在なんか眼中にないみたいですね。

 まぁ、でもこんなのはいつもの事さ。

 挫けない挫けない。


「お、朝飯旨そうなの食ってるじゃねーか。俺の分は?」


「……はぁ?」


 一言だけどわかったよ。

 無いんですね。

 素晴らしいコミュニケーション技術だと思うよまじで。

 一言で意思を伝えられるんだから。


「んじゃ用意してくるかな」


 席を立ち、キッチンへと移動する。

 電気ケトルでお湯を沸かし、その間にトースターに食パンを入れる。

 それらが出来上がるまでに自分用のマグカップにインスタントコーヒーを準備する。

 そしてお湯が沸いたらマグカップに注ぎ、パンが焼けたら皿へと上げる。

 加えてマーガリンとハチミツを持ってテーブルへと戻る。


 この間約3分。

 うん、すっごくお手軽な朝ごはんだな。

 まぁ、でもこれで十分ですよ。

 ホントだよ。


 そうして席につき、準備した食パンにマーガリンを塗っていると、斜め向かいの食事を終えた少女が一瞥してきた。


「ん? なんだ?」


「……ハチミツ」


「ハチミツ?」


「朝っぱらからマーガリンとハチミツをパンにかけるとかあり得ないし」


 「あり得ないし」いただきましたー!


「あり得なくはないだろ、お前だってちっさい頃は「ウマイウマイ」って言いながら食ってたじゃねーか」


「はぁ? いつの話してんのよ、子供と26の大人を同列にするなっての」


「ぐっ、いいじゃねーかウマいんだから」


「そんなもんばっか食ってるとメタボ確定だね、このメタボ」


「ま、毎日動いてるし大丈夫だっての」


「3日連続で遅刻しといて何言ってんの?」


「……」


「ま、アンタがメタボろうが私には何の関係もないけどね。ただそうなったら見苦しいから私の視界に入らないでね」


「ごちそうさま」といって食器を持ち席を立つ少女。

 このキツイ性格の、俺をまるで害虫としか見てないような少女こそが俺の唯一の肉親だとは泣けてくるぜ。




 師里もろさとレイ。

 俺こと師里アキラの、キツイ妹である。

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