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『嫉妬乙www』

2日間休んでしまいましたが連載再開です

 町の中心部から少し離れた場所にある小さなビル。

 以前はある老人のもので、現在はある男性の所有物であるそこに私は向かっている。

 用があるのはこのビルの2階にあるとある事務所。

 私のバイト先なのだ。

 放課後になったので、労働に勤しもうというわけ。

 うちの高校からもそこまで遠くないし、自転車通学の私なら15分くらいしかかからない。

 その15分を経てビルへと到着する。

 途中、チラッとビルの前に人が立っているのが見えた。


 依頼者かな?


 とすぐに思い至った。

 ビルの脇にある駐輪場に自転車を置いてその人の元へ向かう。


 なぜ依頼者かと思ったのか、理由は2つある。


 1つはここの近くに何もないということ。

 少々田舎ではあるこの町だが、このビルの周囲にはそれでも信じられないくらい何もないのだ。

 隣家まで約100メートル。

 ぼっかりとここ付近だけ空白になっている。

 私の雇い主たちはよく「不便だ」と文句をいっているが、ならばどうしてこんなところに開業したんだろう。


 2つ目はこのビルの構造にある。

 実はこのビル正面からは入れない。

 なかなか大きな自動ドアが正面にあるのにだ。

 「正規の入り口」といった佇まいのその自動ドアで入ろうとしてもそれは開かない。そもそも電源が入ってないから。

 ではどうやって入るのか。

 それはビルの右側面にある階段。

 外から直接昇れるように作られたそれを使う。

 ビルの3階まで通じるその階段の途中、2階の踊り場部分の少し広めのスペースに事務所の入り口がある。

 何でこんなめんどくさい作りになってるか訊いたところ所長達は


「事務所ってやっぱり外から直接向かってくる感じがいいんだよ」


「ほれ、あの居眠り名探偵の探偵事務所もこんな感じじゃったろ」


「あ~。ここの1階を使ってくれる喫茶店どっかにないかな~」


「探しておるんじゃが中々な~」


 とか言ってた。


 つまりあの人達のアニメ趣味によるものだということだ。



 話を戻そう。

 そんなわけでこのビルに入るのは難しい。

 一応『入り口はココ→』という立て看板もあるのだが、なまじ正面のドアのインパクトがあり過ぎるのもいけない。

 なんとか正面から入ろうとする人が後を絶たない。


「こんにちわ」


 目の前の人もその類いだと予想して声をかける。

 しかし声をかけた変化は劇的だった。


 ビクッと肩を跳ねさせ、バッと振り向く。

 その左手は腰裏に回されなにかを引き抜くかの構えだった。


「あ、いやごめん。ちょっとビックリしちゃって」


「……はぁ」


 声をかけた私が高校生だっからか、すぐに緊張を解き謝ってくる。

 なんだろう、すごく変な人っぽい。

 二十代中盤に見えるその男性。

 上はフードつきのパーカーを羽織り、下は丈の長いトレーニングパンツをはいている。

 見た目だけならばどこかのトレーニング中のアスリートのような格好だ。

 だがその身にまとう空気と言うか雰囲気が、妙に鋭い。


「あの、B&Bトラブルバスターズを探しているんではないですか?」


 しかしそんな変な人でもお客さんはお客さん。

 バイトとはいえ事務所の利益に貢献しなければ。


「え? そうだけどなんでそれを?」


「よく迷う方がいらっしゃるんですよ」


「な、なるほど。たしかに住所はあっているんだけどどこかわからなくてね」


 手にもった名刺を振る男性。


「あー、それだと確かにわかりませんですね」


 その名刺は少し古いものだった。

 今のものにはビルの2階に事務所があることや、入り口が側面階段であることなど書いてあるのだが、彼の持つそれにはこのビルの住所しか書かれておらず、迷わせる人を続出させたという逸品である。

 

「ではご案内しますね」


 そう告げ、彼を入口である側面の階段まで案内する。


「え、あ、ありがとう」


 突然現れた女子高生の案内に戸惑いながらもついてくる男性。


「ところで、君は一体……?」


 しかし、訝しみながらやはりこちらの素性を尋ねてくる。

 当然か。

 怪しいものね。


「あ、私はB&Bトラブルバスターズでバイトしてるんですよ。今も、これからバイトなんです」


 隠す必要なんてないし、そもそも事務所に来ればわかることなので素直にそう告げる。


「あ~なるほど。そう言うことか、助かったよ」


 私のその言葉に安心したのか、警戒心を解いて礼を言ってくる。


「いえ、私もバイトとしての仕事をしただけですから……あ、ここです。この階段を上って2階まで行くと事務所です」


「こんな所に階段が……なら正面のあの入口は……?」


「アレは1階への入り口ですね。でも、そもそも1階は空いているので入口も開かないんですよ」


 階段を上りながら他愛もない話をする。


「着きましたよ、ここです」


 登っていた階段の中腹で少し広めの踊り場が現れる。

 その踊り場の左手側の壁に1枚のドア。

 鉄製で上半分に曇りガラスが嵌っており、そのガラス部分の真ん中にA4用紙に『B&Bトラブルバスターズ』と書かれた手作り感満載の看板が張り付けてあった。


「所長~、スズさん~。依頼人連れてきましたよ」


 少しばかり重いドアを力を込めて押し開けながら、室内にいるはずの上司たちに声を掛ける。


「よっし、所長! 今じゃ!」


「任しとけ! オラオラオラオラオラァッ!」


 しかし、返ってきたのは何かに白熱した声だった。

 その声の方を見ると、事務所の奥に置かれたテレビの前で2人の人物がゲームのコントローラーを握って真剣に画面を注視していた。

 その画面の中では2体のロボットがヌルヌルと動き回っている。


「よっしゃ勝った!」


「イェーイ!」


 勝利したのか、派手なエフェクトで画面に『YOU WIN!』の文字が躍る。

 2人はそれが嬉しかったのかハイタッチを交わした。


「あ? 『チート使ってんじゃねぇよ!』だと?」


「何がチートじゃ、こっちはただ反射神経と運動能力を強化しただけでゲームのシステムに小細工などしとらんわい! 所長言ってやれ!」


「おうともよ! 『嫉妬乙www』と……」


 オンラインゲームだったのか、ゲームの中で会話を始める2人に先程よりも大きく声を掛ける。


「所長、スズさん! お客さん! 依頼依頼!」


「ん? お、ヒトミちゃんこんちわ~。案内してくれたの? ありがと。でも悪いね、ちょっと今日から特別な依頼が入って、しばらく通常の依頼は受けられないんだよ」


 私に気付いた所長が申し訳なさそうに言ってくる。


「……その割にはお暇そうですけど?」


 ゲームをしていた2人を半眼で見つめながら嫌味をぶつける。


「仕方なかろう。昼に来るはずのその依頼の主が現れぬのじゃから」


「他の仕事も全部知り合いに引き継いだりした後だから、仕事もなかったしな」


 2人が理由を告げる。

 確かに、そんな理由ならば暇を持て余しても仕方ない。


「あ、すいません。なんだかそう言うことらしいんで依頼受けられないみたいです」


 事務所に入ってから放置していた男性に振り向き、謝る。


「いや、いいんだ。それに多分俺がその特別な依頼の依頼人だ」


「え?」


 少し驚く。

 だが、別に彼が話に出た依頼人だったからではない。

 今の時刻は4時半。

 お昼に約束してたと言うのならば、この人は優に4時間はあそこで立ち尽くしていたということになる。

 俄かには信じがたい。

 それくらいの時間があればビルの周囲を見るなどして、正しい入り口を見つけてもおかしくないと思うのだが。


「あ、んじゃアンタがゲンの言ってた人か?」


 私が驚いていると、私を飛び越して所長が男性に声を掛ける。


「……あぁ、そうだ。遅れて悪かったな」


 声を掛けられた男性は苦々しい顔で首肯する。


「どうにも不親切な名刺でな、場所がわからなかった」


 そう言って、私にもしたように名刺を振って見せる。

 中々に嫌味な人だ。

 遅れたのを謝りはしても、原因はこっちにあると言いたいようだ。


「ん? あぁ、それは昔の名刺だな。今はホイ、こっち。こっちだとちゃんと詳しく書いてあるから。てかゲンから聞いてないのか? アイツも気が利かないな~まったく」


「仕方なかろう。人当たりはいいが細かいことを気にするような奴じゃなかったからの」


 男性の示した名刺を取り上げ、新しい名刺を渡す所長。

 まるで嫌みの効いていない様子に、男性の顔が歪む。


「てか、アンタも大変だな」


「……なにがだ?」


 しかしそんな様子にまるで気がつかない所長は、男性に話しかける。


「いや、だってあのゲンの部下なんだろ。大分迷惑掛けられてんじゃないか?」


 瞬間、カッと男性の顔が赤くなる。


「ゲンさんは! 俺に迷惑をかけたことなど一度もない!」


 凄まじい勢いで所長に噛みつく。

 よくわからないが、この男性にとってそのゲンという人は上司らしい。

 しかも大分心酔しているみたいだ。


「じゃが、ヤツがキチンと説明しなかったからお主はここに辿り着けなかったのじゃろ?」


 しかし、間髪入れずにスズさんがそう切り返す。


「それはッ! いや、俺がこういう場合を想定して詳しく聞かなかったのが悪いんだ。ゲンさんは悪くない!」


 一瞬言葉に詰まったが、すぐに自分の責任とする。

 どうあってもゲンという人を悪くしたくないらしい。


「あっそ、まぁ、俺達が悪くないとわかってくれたんならそれでいいよ」


「自分から素直に非を認められるのは、近頃の若者にしては珍しいの。感心感心」


 男性は「あっ」といった表情を浮かべる。

 だかすでに遅い。

 自分自身で悪いと言い切ったのだから。


 まんまと私の上司達に嵌められてしまった男性を可哀想に思いながら、私は4人分のお茶を準備し始めた。

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