第8話
食堂に行くつもりだったが、女子寮にきてすぐだったため、食堂の場所なんて知っているわけもなく、
「ゆかりん、こぐぉ‼ ...紫先生、ここはどこですかね」
「さあな。私もここで生活しているわけじゃあないから、よく部屋の配置を知らないんだ」
ゆかりん。と呼ぶたびに、紫先生の人間離れした脚力と怪力で、フライニングニールキック似た蹴りをかましてきたり、ラリアットをキメてきたりする。...絶対、プロレスが趣味だろ、というぐらいに。
「談話室っぽいな。 ということは、隣が食堂だろう」
「なんでわかるんですか?」
「お前たちを迎えに行くとき、食堂にいたからな」
「なんで最初から食堂に行かなかったんだよ!?」
「別の部屋への好奇心」
「ウザい! その満面の笑みがウザい!」
「(キラキラ)」
「あんまりキラキラしていても、年齢の、ごぐほぉ‼」
裏拳!?
「年齢がなんだ? あぁん?」
胸ぐらを掴み、鬼の形相で詰め寄られて、
「ナンモネッス、ハハハ...」
乾いた笑で、ごまかすしかできなかった。
しかし、紫先生は納得したようで、「そうか」と鬼の形相は通常の表情に戻り、胸ぐらを掴んでいた手は放し、「先に行ってるぞ。隣の部屋だからな」というと部屋を出て行ってしまった。
裏拳を受けた頬をさすりながら、部屋の外に行くと、紫先生の姿はなく、わざとなのか、わざとではないのか、よくわからない申し訳程度に、隣の部屋のドアが半開きになっていた。
「...ここか」
半開きのドアからは、部屋の光がこぼれていて、ドアの向こうに人の気配を感じる。
ドアノブを握りしめ、ゆっくりと開ける。
ーーパパパンッ
不意に小さな破裂音が連続で聞こえ、テープやら花弁やらが、自分に降りかかるのがわかった。
「「就任おめでとう‼」」
放たれたクラッカーのテープだとわかると、安心するも、あまりの多さに驚きを隠せない。
「うぉお!?」
約150人の女子生徒を目の前にすると壮観、怖いぐらいだ。
「どうだい? 驚いただろう」
女子生徒の集団の中から聞こえてきたのは、間違いなく嘉野先輩の声。
「驚きましたけど、」
嘉野先輩がどこにいるのか、わからずキョロキョロしていると、
「どこを見ているんだい?」と前から歩いてくる女子生徒がいた。
「...え、え!?」
「ん? ...ああ、そうか。緑一君には、髪を結んだ姿を見せたことがなかったね」
「は、はい...」
「...やっぱり似合わないかい?」
「いえいえ全然そんなことはありませんよいつもと雰囲気が違うけどそれはそれでいいですよ!」
いつもは、なびくほど長い黒髪を、今は頭の上で結い上げ、ポニーテールにしている。
「あ、あまり見られると恥ずかしいのだが...」
嘉野先輩が顔を赤くするので、
「あ、...すみません」
こっちまで恥ずかしくなってしまう。
仕切り直すように間に入ってきた桃香が、「はいはい。緑一、挨拶」とマイクを押し付けるように渡し、「女神様だけと話しているんじゃないのよ? もう少し気を引き締めなさいよ」と耳打ちし、「お、おう」と短く頷くと、桃香は女子の集団の中へ戻っていった。
『あ、あー』
拡声された声が食堂に響き渡る。
『えっと、ふつつか者ですがよろしくお願いします...』
「「お嫁さん!?」」
『お嫁さんじゃあねえよ!? お婿さんだろ!!』
「「ツッコムところってそこ!?」」
女子生徒が驚くなか、女神様たちだけが苦笑いを浮かべていた。
まあ、話のつかみはこれぐらいでいいだろう。
『…女子寮管理人に就任しました、電子工学科2年、天釣緑一です。よろしくお願いします』
パチパチと拍手喝采、とまではいかないが、みんな歓迎してくれているようだ。
男子寮での自己紹介を含めた挨拶は、男子だけのため多少のバカを交えてしたほうがウケがいい。しかし、ここは女子寮。ヘタにバカやって引かれたら一環の終わり。普通に、普通に挨拶をするだけでいい。
「緑一ぃ! 質問とかしていい?って聞いてるわよ!」
『ああ、いいぞ』
質問ぐらいいくらでも答えてやる。と思ったのだが、
「好きな食べ物はなんですか!」
「得意な科目はなんですか!」
「好きなテレビ番組は!?」
「得意なスポーツ!」
「電子科に入学した動機は!?」
次々に質問内容が並べられ、
「「好きなタイプはなんですかッ!?」」
一番、返答に困る質問を綺麗にピッタリ合わせたきた。
『え、っと…』
「まあまあ、みんな。緑一君が困っているじゃあないか。1つひとつ答えてもらおう」
ナイスです! 嘉野先輩!
「緑一君の好きな食べ物は?」
『嘉野先輩の家の和菓子です』
「おお、ちなみに何が好きなんだい?」
『金鍔と葛桜です』
「ふむふむ、奇遇だな。今日、実家から金鍔が送られてきていたんだ。あとで部屋に持っていってあげよう」
『マジですか! 時雨屋の金鍔、久しぶりに食べるなあ』
「思う存分食べるといい。私は、実家に帰ればいくらでも食べれるし、それに食べ飽きたしな」
『あんなにおいしいの――』
「「(ジーッ…)」」
さすがに俺だって約150人の視線に気づかないほど鈍感ではない。いや、そんなに睨まないでも…
「つ、次の質問に移ろうか。得意科目は?」
嘉野先輩も視線に気がついたようだ。
『そうですね。家庭科、現国かな』
「好きなテレビ番組は?」
『これといった番組はないですけど、動画サイトなどで面白い動画を見たりするほうが多いですね』
「好きなスポーツは?」
『バスケですね。中学生の頃、バスケ部に所属してました』
「電子科志望動機は?」
『中学の受験シーズンに悩んでいて、「悩んでいるなら私のところに来い」と嘉野先輩に言われて、とりあえず電子科に入った。という感じです』
「ああ、そんなことを言ったね。じゃあ、最後の質問だ。す――」
「「好きなタイプは何ですかッ!?」」
「――だそうだ」
すごい連携っぷりだな。オイ。
『好きなタイプか…』
「「す、好きなタイプは…?」」
正直なところ、特に好きな女性のタイプというのはない。って言っても彼女らは納得してくれなさそうだ。かといって尊敬する値にある嘉野先輩の名前を挙げると、他の女神様からの仕打ちが恐ろしい。
『(何を言っても難ありか…)』
どうするべきか。適当にごまかすか、嘉野先輩を挙げるか。それとも――
『(紫先生って答えるか…)』
それはそれで後々面倒なことになりそうだしなあ。だったら、
『一途で、優しい人かな』
「「一途で、優しい人かな」」
いや、オウム返しのように反芻しなくてもいいんだけどね。
「「じゃあ、女神様に例えると誰ですか?」」
面倒なことになりそうなこと聞くなよォォォォォォォォォォォォ!!
女子生徒たちが俺にその質問をした瞬間。女神様たちの目が光り、まるで、「もちろん、私を選ぶよね?」といった視線が俺に突き刺さった。
「「緑一君(さん)♪」」
怖えぇぇぇぇぇぇぇぇぇっぇっぇ!!
女神様たちの笑顔は、大変美しいものでしたが、それ以上に殺意と憎悪が女子という華だけでなく、空気さえも枯らしてしまうように溢れ出ていて、表すとなれば、怖い。の一言に尽きます。
女神様の誰と答えても間違いなく殺られるのは必至だ。となれば…
『女神様じゃないけど、ゆ、…篠沢先生だね。(罵ってほしいという歪んだ欲情に一途という意味で)』
「「えぇ!?」」
女神様と女子生徒の皆さんが本気の嘘偽りのない驚きを見せています。
「さすが緑一だな。私の魅力をわかっている」
いや、この人、俺が言った意味がわかってない…
「り、緑一君。挨拶、自己紹介ありがとう。みんな驚きを隠せないようだが、気を取り直して桃香たちが作ってくれた料理を食べよう」
嘉野先輩の表情が笑ってない! すごい笑顔だけど目が笑ってない!
「…緑一、死なないようにがんばって」
「もう、死ぬこと確定ですね! わかります!」
「緑一君、後で、」
「「ゆっくり話そうか」」
「いやだぁぁぁぁぁっぁぁぁ!」
俺の生死を分ける叫びが食堂、女子寮に響き渡り、女神様、女子生徒全員が引いたのは言うまでもない。