第6話
「...以上です」
「つまり君は、逃げようと思ったところを篠沢先生に抑えられ、払おうとすると、体術に持ちこまれた。ということなのかい?」
視線を上げることすら許されないような雰囲気。
女神様。...というのも、ただ単に華奢、端麗、妖艶。そういう美しさを表現する言葉だけで、彼女らをひとくくりしてはいけないと感じた。きっと美しさだけでなく、常人には持ち合わせていないカリスマ性があるのだろう。
「土下座するまでないだろう? 私はそういう趣味はないぞ」
「そーだねー、って緑一くん!? なんで顔を床に押し付けているの!?」
言い放つ言葉の威圧感が、シャレにならない。のしかかるそれは、容赦無く俺を押しつぶそうとする。
「緑一君、顔を上げてくれ」
「嘉野先輩...」
手を差し出す嘉野先輩の微笑みは、何もかも嫌なことを忘れてしまいそうな、穏やかで、嘘偽りのない表情だった。
「押し倒した件については、今夜じっくり聞くとしよう。...管理人の件は本当にいいのかい?」
「はい。前任の管理人のことで困っていたから、嘉野先輩が1人で女子寮の仕事をしていたんですよね」
「仕事を1人で...? 私は1人で仕事などしないよ」
「そんな先輩を助けるこ、...え?」
1人で仕事はしない...?
「私は1人で仕事などしないよ。むしろ、覗きの瞬間を写真に収め、脅して女子寮の雑務をさせて、生活していたぐらいだ」
「マジですか...」
ゆかりんの野郎... 全部、嘘だったのか...
「そうですね。会計は私がしてましたし...」
「私は、調理全般を任されていたわね」
「...理胡は、雑誌類や参考書の整理」
「白菜は、清掃と洗濯だね〜」
聞いてみれば、それぞれ女神様が担当長をしていて、別に嘉野先輩が1人で仕事をこなしているわけではないみたいだ。
「管理人は、私が好きな人でいいと、篠沢先生に言われたからね。緑一君に頼んだんだ」
「そうなんですか?」
少し頬を赤らめながら言う嘉野先輩に疑問を感じ、首をかしげると、
「「...鈍い」」
嘉野先輩を除く女神様に睨まれました。
鈍いってなんだよ...?
そう聞いても教えてくれるはずもなく、
「緑一、馬に蹴られて死んだ方がいいよ」と桃香に冷たく言い捨てられました。
「馬に蹴られるって、死ぬだけだろ...」
「緑一さん、馬に蹴られて死ねというのは、こ、むぐぐぅ」
葵の発言が中断されたのは、後ろから嘉野先輩が、手で口を塞いだからだ。
「むぐぐむぐ、むむぐむぐむぐむぐむむむぐ!」
「すまん、なにを言ってるからさっぱりわからない」
「それぐらい痛い思いをして、」
「「死ねということ」」
葵を除く女神様たちが、曇りのない笑顔で言った。
「そんなに酷い意味で言ったのかよ‼」
本当に葵は、そんなことを言ったのか疑問だが、馬に蹴られることで死ぬという意味では、間違いないだろうな。
あとで調べると決意しつつ、笑顔から溢れ出る殺気を逸らすために、女神様の表情をうかがいながら話題を変える。
「か、嘉野先輩。女子寮の入り口は、あの入り口しかないんですか?」
「ん? 入り口は... あるにはあるよ」
「そうなんですか?」
「ああ。だが、緑一君が入るためには、少し勇気がいる」
「勇気がいる?」
「入り口は、女子更衣室に接しているんだ」
「...地下を通ってから入ります」
「いや、幸い人目につかない場所に女子更衣室の入り口はあるから、そこから入ってもわからないさ」
「いや、そういう問題じゃなくて...」
「?」
誰か着替えていたらどうするんだよ。
「着替えているかどうかなんて、気にしなくて大丈夫だよ。大抵の女子生徒は、寮まで戻る。まあ、寮に入っていない女子は更衣室で着替えるけどね...」
「ダメじゃないですか...」
「ノックすればいいだろう? 返事をしたら事情を話して通してもらえれば」
「通報されますよね」
「気にしなくて大丈夫」
「なにが!?」
それじゃあ、堂々と入るのとあまり変わりないじゃないか。
「まあ、管理人のことは、朝礼か集会で発表されるだろうね」
「死刑宣告ですね。わかります」
野郎共の前で、そんなこと発表されれば、本気で殺しにかかってくるに決まってる。...なにより、普通に生活しているだけでも殺されそうなのに。
嘉野先輩は、「死刑宣告なんて、大袈裟だね。緑一君」と高笑いしているが、俺にとって死活問題であり、「雨宮先輩。自分たちと話すだけで緑一に被害が加わるから、心配で女子寮の管理人にしたんじゃないですか?」という問いに、「な、なにを言ってるんだい? 私は、ただ好きな人を選んだだけだよ」と少し口ごもりながらも答え、またもなぜか顔を赤くしていた。
「と、とりあえず! 私が女子寮の入り口についてはどうにかしよう。緑一君は、部屋のに、荷物の整理でもしていてくれ!」そう告げると、疾風の如く部屋から飛び出して行った。
「嘉野先輩、どうしたんだ?」
「あんたは、本当に馬に蹴られて死ぬべきだと思うわ...」
「いやいや、罪もないのに死にたくないんだが?」
「大罪よ。た、い、ざ、い」
「俺、なんかしたっけ?」
「生きてることよ」
「ひでぇ‼ 葵、なんか言ってやってくれよ! 」
葵に助けを求めるも、
「私も、今回は桃香さんに同意見です...」
「ウィッス」
あっさり切り捨てられました。
「...理胡、部屋に戻る」
「白菜も、部屋にもどるね〜」
理胡と白菜が部屋を出ていき、取り残された感がすごい俺たち3人は、2人が出ていったドアを見つめていた。
「...桃香さん、これからどうします?」
最初に静寂を破ったのは葵だった。
「そ、そうね。とりあえず部屋に戻ろうかな」
「「じゃあ、荷物の整理がんばって」」
そう言って葵と桃香も部屋を出ていった。
「...」
しばらくドアを見つめ、ふと、我に帰った。
「...荷物の整理でもするか」
中途半端に整理された荷物を見ると、やる気をなくすが、
「よしっ」
気合を入れて整理することにした。