第3話
「では、緑一君。君は、管理人の仕事を生徒指導教師に教えてもらってくれ」
「生徒指導教師、...ゆかりんですか?」
「その名前で呼んで、生きたまま生徒指導室から出てきたのは、緑一君ぐらいだよ」
生徒指導教師、篠沢紫。通称ゆかりん。可愛らしい名前とは裏腹に、超がつくほどのサディストだ。...表では。
「とりあえず、今から篠沢先生のところまで行ってきてもらう。そのあと今後のことについて話し合おう」
と言われて女子寮を出て、生徒指導室に来たのが30分前。
今、俺は生徒指導室にいる。
「ゆかりん、いい加減ほどいてくれませんかね、このロープ」
「嫌」
うわぁお。即答かよ。
「てかなんで縛られているんですかね」
「気分」
うわぁお。こいつはひどい。
「俺は、ただ女子寮管理人の仕事内容を聞きに来たのであって、縛られに生徒指導室まできたわけじゃありません」
「そうか」
「そうか、って...」
「緑一、前任の管理人は誰だか知ってるか?」
「いいえ。そもそもあんな場所があることを知りませんでした」
「前任は、国語科の前川さ。もうここにはいないが」
「前川...? つい1週間前ぐらいに辞職した?」
「そう。あいつが女子寮管理人だったのさ」
「ならなんで辞職なんか...」
「覗きだよ。女子寮の浴場や、個人の寝室とかな」
うわー。くだらねえ...
俺の表情から、心境を読みとったのか、
「そう『くだらない』という顔をしてやるな。前川だって男だ。女しかいない環境に興奮してたんだろうよ」
「教師としてダメでしょう!? なんか女子に嫌われそうですね!」
「ようは、覗かなければいい話じゃないか」
「覗くとかの問題じゃなく、管理人になることが嫌われる要因になりそう、ってことです! そもそも、いきなり女子寮の管理人をやれなんて言わ...」
「ああ、ぎゃあぎゃあ騒ぐな。まったく...」
しかめる顔を隠すように額に手を当て、
「雨宮の頼みだろ、叶えてやれ」
「嘉野先輩の、ですか?」
「そうだ。前任が下衆野郎と薄々気づいていたんだろう。女子寮に関する問題は、全部雨宮が1人で片付けていたからな」
全部1人で...
「それで、前川がいなくなった今。頼れる後輩である緑一に頼むことにしたんじゃないか?」
そうだったのか。
確かに嘉野先輩は、昔から責任感が強い。きっと頼ることにプライドが許さなかったのだろう。
「...」
そんな嘉野先輩が、俺に頼ってきたということは、きっと女子寮の仕事は大変に違いない。
「俺、女子寮の管理人をします」
嘉野先輩に向けて言ったときよりも、決意を固くして。
「そうか、なら仕事内容はこれな」
渡されたのは、ずっしりと重い辞書のような紙束。
「なんですか、これ...」
「女子寮の仕事内容から勤務時間、学年長、女子生徒の名前。それからタオルや生活用品の補充方法、事務室への報告。私に報告すればいい」
一気に並べられる仕事内容に、気が遠くなりそうだ。
「女子生徒の名前って、全員分ですか?」
「そうだ。ざっと150人ぐらいだったろ? 覚えられる。あと、個人の簡易プロフィールもあるから、しっかり読むようにな」
「思った以上に大変そうですね...」
「わからないことは、私に聞け。その他のことは資料に書いてある」
「わかりました」
重量感のある紙束を抱え、生徒指導室を出ようとした時だった。
「ちょっと待て。...お前、さっき私のことをゆかりんと呼んだよな」
「な、なんのことですか?」
「とぼけるな。あ、逃げるなよ? 本気で追いかけて、蹴り飛ばすからな」
「嫌です」
「じゃあ、ここに座れ」
「それも嫌です」
あのパイプ椅子に座るなんて嫌だ。特に、
「私を罵倒するだけの、楽な、はぁ、罰じゃ、ないか...」
「罵倒される前から興奮するなよ! 」
本気で引くぞ。この教師としてありえない醜態。
「そう、それだ。はぁ、その蔑む目で、はぁはぁ! 」
「やめてくれぇぇぇ‼」
床にへたり込み、息を荒げて頬を赤くし、肩を上下させる様子は、どこか扇情的だ。
「もっと、もっとその目で!」
「嫌ですよ、っ」
掴みかかろうとしてくるゆかりんの腕を取り、横に払おうとするが、
「力技で私に勝とうなんて、2、30年早い」
「うおぉお!?」
「そいっ」
ゆかりんは、俺のベルトを掴み、重心を低くし、見事に背負い投げに持ち込んだ。
「ぐほぁ!」
背中を強打し、肺から空気が全部押しだされる。
生命活動を再開しようと、動きが止まった肺を無理やり動かして呼吸をし、息を整えていると、
「私の勝ちだな」
いつの間にか馬乗りになっていたゆかりんが、不敵な笑みを浮かべ、いつものサディスト口調に戻っていた。
「こ、この状況は、いろいろと危ない気がするんですけど...?」
「気にするな。馬乗りになって殴っていた、と言い訳すればなんとかなる」
「それで納得されて悲しくならないんですか...」
「それに、私が1人の男子生徒に振り向くわけがないだろ。私は、弄ぶ方が好きだからな」
「さっきの状況を、胸に手をあてて思い出してください」
「こうか?」と俺の手を持ち、豊満な胸へと導く。
柔かっ、じゃない! この状況こそアウトだ!
「ゆかりん何してんの!? 早く離せ! 離して! ちょ、離してください! 」
「まて、今思い出している」
ますます、俺の手が豊満な胸に飲み込まれていく。
「(ヤバいっ、こんな状況、女神の誰かに目撃されたらー)」
そのとき、生徒指導室のドアが勢いよく開いた。
「ゆっかり〜ん、緑一くん、い、る、かな〜ぁ?」
あ、終わった。